「じゃ、本当に須藤さん本人が、人事に被害を訴えたわけ?」 「だと思います。人事で裏が取れているくらいだから、もう総務の課長クラスには話がいっていると思うんですけど」 晃司は黙って眉を寄せる。 「そんなはずないって顔してますね」 「ああ、うん……。まぁ、意外ではあるよ、確かに」 くすりと笑う安藤香名から目を逸らし、晃司はトールグラスに残ったジンジャエールを飲みほした。 オフィス街の外れにあるカフェ。 香名が待ち合わせの場所に選んだのは、個室タイプの瀟洒な店だった。サテンのカーテンで仕切られた狭いスペースは、確実に2人しか入れない。丸テーブルは両手で輪をつくる程度の小ささで、座れば、対面の相手とは膝がしらが重なり合う。実際、ほとんど顔をつきつけるような近さである。 少し、距離が近すぎるなと危惧したが、それは女が警戒することで、男の俺がためらってどうする、と、思いなおした。 いずれせよ、まだ、目の前の女と一線を超える勇気――みたいなものが、持てないまま、今に至っている晃司である。 「飲み物のお代わり、頼みましょうか」 「いや、いいよ。今から戻って仕事なんだ」 「えっ、今から?」 「うん、すぐに終わるけどね。明日の朝一で提出だから」 実は、予防線のためにわざと残してきた……とは、さすがに言えない。 いずれにせよ、今は仕事以外のことに深入りしたくないのが、本音かもしれない。 「じゃ、最後にコーヒーとケーキ、いいですか。私、甘いものに目がないんです」 「いいよ」 かわいいな、と素直に晃司は思っていた。 薄暗い照明の下でも、綺麗に化粧をほどこした香名の顔は、かなり魅力的だった。 黒目がちの大きな目は、優しい中にも勝気さが滲んでいて、好みでいえば晃司のど真ん中である。 肌はしっとりと白い、いわゆる吸い付きそうな餅肌だし、大きめの唇はふっくりと濡れて、見つめていると、余計な想像をかきたてられる。―― いや、かきたてられている場合ではない。 晃司は、軽く咳払いをした。 なにはともあれ、今は仕事が忙しい。 南原みたいな男に「閉じている」と言われたのは癪に障ったが、実際、その通りなのだろう。 恋にうつつを抜かしているより、とにかく、仕事だ。仕事第一。 「やっぱり、的場さんのことが、気になってるんですね」 アイスを添えたタルトにフォークを入れながら、香名が上目づかいに見つめてくる。 「別に、気にはなってないけどさ」 晃司は、コーヒーカップを持ち上げた。 「的場さん、見た目と違って、内向的な感じがするからね。そんな風に……イジメみたいな? 積極的に誰かを攻撃するなんて、少し考えにくい気がするんだ」 この話を、安藤さんが秘書課で広めてくれないかな―― と、内心期待しつつ、冷静に吐いたセリフだった。 「うちの課、こないだ本省から係長が来ただろ。入江係長。有名だから知っていると思うけど」 「はい。素敵な方ですよね」 と、素直に頷く香名。 「入江さん、まだ若いだろ。須藤さんと、そんなに年も違わない。年が近い女の子が直属の上司になったんだから……ストレス感じるんなら、むしろ、そっちかなぁと、思ってみたりしてさ」 「そうなんですかー。でも、入江さん、普通にいい人だと思いますけど?」 晃司が言わんとしていることが理解しきれないのか、香名は、くるっとした目を不思議そうに動かしている。 「もしかして、もう、入江係長に飲みに誘われた口?」 「ええ、もう3回もご一緒しました。美人だし仕事もできるし優しいし……憧れちゃいます!」 「本当だね」 苦笑して頷きながら、晃司は内心、冷笑していた。 入江耀子。 霞ヶ関の文部科学省から人事交流で派遣されてきた、24歳の女性係長である。 国家試験上級職のキャリア官僚。だから、その若さで当然のように係長職についた。 灰谷市出身で、地元企業である三輪自動車会長の孫娘。つまり、灰谷市にとっては最大納税者のお嬢様、ということになる。 彼女が灰谷市に赴任してきた時、各局の局長クラスが、こぞって挨拶に赴いた。その異常な光景は、庁内で「入江詣で」と称されたほどである。 そんな風に経歴も学歴もずば抜けている入江耀子だが――仕事の方は、ただ苦笑するしかないというレベルだった。 ――ま、いずれ判るだろ。あの見せかけだけの藁人形の正体が。 晃司は肩をすくめながら、空になったグラスを脇に押しやった。 仕事は、ただ判を押すだけ。任せた仕事は、すべて中途半端で返されてきた。口ばかりで責任感ゼロ。それが晃司の下した判定である。 内情を知っているのは同じ係の連中だけだろう。むろん、そんな悪口を晃司自ら広めるつもりは毛頭ない。いくら仕事ができなくても、彼女の引きとバックは魅力的だ。 「でも、須藤さんが人事に訴えたほどなんだから……。やっぱり、的場さんの行動に、何か問題があったんじゃないですか?」 「まぁ、ね」 須藤が人事に訴えたって話が、本当だとしたら、だが。 「それに的場さんにだって、きっと裏の顔があると思いますよ。女ってわかんないですから」 「彼女にはないよ」 肘をついて、余所を見ながら、果歩に、今の話を教えてやるべきだろうか……と、晃司はぼんやりと考えていた。 このままだと、遅かれ早かれ、総務の課長あたりから事情を聞かれるに違いない。その前に、事前準備というか対策というか、何か手を打たないと、大変なことになる。 が、しかし、俺が言ったところで、聞くか? 果たして。 別れた後、あれだけしつこくつきまとった。 ひどい言葉で果歩を侮辱し、挙句、引っ込みがつかなくなったとはいえ、役所の医務室ではレイプまがいの真似までした。今思い出しても、当時の自分の破天荒さには眩暈がする。 8月に行われた局内バトミントン大会では、多少心の壁が取れたような気もしたが……。 それでも果歩が、本当の意味で自分を許してくれることはないだろう。 今思えば、あの、みっともないまでの未練がましさはなんだったのか――。 「よく、ご存じなんですね」 「え?」 香名の声で我に帰る。見ると、上目使いに、香名はじっと晃司を見ている。 「的場さんのことです。性格まで言い当てるほど詳しいじゃないですか」 「ああ。……まぁ、3年同じフロアにいるからね。ただ、話したことはそんなにはないよ。雰囲気から見た憶測かな」 「嘘ばっかり」 「?」 少し驚いて、目の前の女を見返している。 見つめられてひるんだように、香名は綺麗な瞳を伏せた。 「だって……、局のスポーツ大会で、的場さんと一緒にペアを組んだって聞いてます。それなのに、話したことがないなんて、おかしいわ」 ああ。……っと、まずい。語るに落ちたとはこのことだ。 動揺を誤魔化すべく、あえて意外そうに眉をあげてみる。 「まぁ、個人的に親しく話したことがないって意味だよ。でも、そんなことまで、よく知ってるね」 いたずらっぽい仕草で、香名はピンクの舌を出した。 「秘書課には、本庁舎の情報なら、殆ど入ってきますから」 「すごいね」さらりと笑いながら、晃司は内心警戒を強めている。 確かに、あなどれないな、秘書課ってのは。 「でも、ただ頭数合わせでペアになっただけで、そんなに親しくさせてもらったわけじゃないんだ」 「言い訳みたい」 「言い訳じゃないよ。本当に彼女とは何もない」 「だけど、信じます。むきになってるのが、可哀そうだから」 「まいったなぁ……」 「うふふ」 実際、何がまいったのか、何で言い訳しないといけないのか、晃司にもよく判らなかった。 ただ、なんとなく、香名との間にはそんなムードが出来上がっていて、今さら違いますとはもう言い難い雰囲気だ。 「今年で、政策課も3年目ですよね」 頷いて、晃司はコーヒーを一口飲んだ。 晃司が都市政策部都市政策課にきてから今年で3年。 役所では、通常3年周期で人事異動があるから、晃司も来年度は異動対象者として看做される。 「まぁ、でもどうせ異動はないよ。繰越事業を担当しているからね。課長にも早々に言われたんだ。ここで、来年も頑張ってくれって」 「そんなの判らないですよ。人事異動なんて、課長の一存で決まるわけじゃないんだから」 余裕のある目になって、香名は笑った。 「前園さん、海外研修に応募してるでしょ。市長審査の論文試験」 「………ああ」 夏のはじめに、五条原補佐に進められて応募した。半年に及ぶロンドン研修と、ロサンゼルスでの職務実習。 都市デザイン室の窪塚主査が参加したのがそれで、若干32歳で彼が主査に昇格したように、確実なスキルアップが望めるイベントである。 もちろん、それだけのキャリアを積んだ窪塚は、将来局長までは確実に上がると囁かれている。が。 。 「海外研修なら、予算不足で、今年からなくなったって聞いたけど」 「確かに一度は流れたんです。でも、市長の一存で、今年だけ最後に実施することになりました」 香名の囁きが、初めて蜜のように甘く聞こえた。 「これ、秘密です」 「……うん」 「ばれたら、私、クビになっちゃう。前園さん、責任とってくれますか」 「どうやって?」 「頭がいいんだから、考えて下さい」 気がつけば、テーブルの上で指が重なっていた。 自分が伸ばしたのかもしれないし、女が伸ばしたのかもしれない。 「今、最終選考の最中なんです。候補は2人、偶然にも同じ課の同じ係」 はっとひらめくものがあった。そうか、同じ時期、補佐はあの男にも論文を書くことを勧めていた。――目の前に座る、加藤康司。 「加藤さんは……知ってるんだ」 「政策課の課長は、加藤さんを推薦しているようでしたから」 「…………」 目の前が、暗く揺らいだ。それは、まぁ仕方がない。加藤はもう30だし、応募規格の年齢制限ぎりぎりだ。が、この研修が来年以降廃止されるなら、晃司にとっても、最後のチャンスということになる。 「加藤さん、議員の縁故があるんです。それを使っているんだと思います。ただ、今の市長は議員の干渉を嫌いますから、別の方面から前園さんがアピールすれば、多分、前園さんで決まるんじゃないかと思います」 「……別の、方面?」 「今の市長、まるで私のお父さんみたいに優しくて、よく言ってくださるんです。恋人ができたら言いなさい。私が仲人をしてあげようって」 「すごいね。市長にそこまで言わせるんだ」 同じ秘書でも、市長の逆鱗に触れて追い出された果歩とは雲泥の差だ。 その時、今さらながら晃司は気が付いている。 ――そうか。8年前、果歩が秘書としてついていた真鍋市長に、今はこの子がついているんだ。 果歩は、都市計画局に来る以前は、安藤香名と同じ秘書課に在籍していた。そして、当時――今も現役だが、市長である真鍋正義の秘書をしていた。 運命の皮肉というか、巡り合わせというか、妙な後ろめたさを晃司は感じた。 灰谷市長、真鍋正義に徹底的に嫌われた果歩と、娘みたいに愛されている安藤香名。 それも、運なのか、秘書としてのスキルなのか……。 「もちろん、結婚なんてまだまだだし、今は考えてもいないけど、……前園さんを紹介することくらい、できると思いますから」 甘すぎる罠に、逆に警戒する気持ちが湧いている。しかし、もう、心臓を掴まれたように身動きがとれなくなっている。 少し引いて、晃司は苦笑した。 「なんで、そこまでしてくれるのかな」 「わかりません? それとも、判ってて聞いてます?」 うらめしそうな眼で見あげられる。 「コーヒーお代わりしてもいいですか。アイスで口の中が冷えちゃって……」 呟きをかき消すように、そのまま唇を重ねていた。 冷えた唇は柔らかく、溶けるほど甘い味がした。 「前園さん……」 「ごめん、急に」 「ううん」 テーブル越しに頭を抱きよせながら、興奮で指が震えた。が、それは、あくまでいきなり開けた未来への興奮であって、恋とは異質のものだった。 自分のどこかが酷く冷めたままでいるのを、晃司はよく知っていた。同時に、抱きよせた女が冷めていることも、心のどこかで知っていた。 ************************* 行ける、これで、海外に行ける。間違いなく最短コースで主査になり、後は、大きな失敗さえなければ、順調に階段を上がっていける。 本庁舎13階。エレベーターを降りてなお、晃司の興奮は続いていた。 午後九時半、今からの残業はきつかったが、ここで気を緩ませては元も子もない。 女ができて浮かれているとも思われたくない。それより何より、今は一歩でも加藤よりリードすることが大切だ。 照明が半ば落ちた執務室。晃司が飛び込むと同時に、北側のコピー室から、的場果歩が出てきた。 コピーした書類の束を抱え、疲れたように視線を下げている。 「………」 2人の距離は、5メートルあまり。こちらに気づいたのか、一瞬驚いた眼をした果歩は、わずかに会釈して、そのまま、晃司の前を通り過ぎた。 まだ、残業? どうした、元気ないみたいじゃん。 掛けようとした言葉は、喉に張り付いたまま、出て来ない。 果歩も果歩で、心まるでここにあらず、という風に、総務のほうにとぼとぼと歩いて行く。 何か、あったんだろうか。 明らかに落ちている。後ろ姿も、肩ががっくりと下がっていて――。ああ、いやいや、気にするな、自分。あいつはもう過去の女だ。しかも、振られたのは俺のほうで、気に病む必要はひとつもないじゃないか! 今は、……そう、安藤香名の機嫌を損ねないようにふるまうことが肝要だ。 席についた晃司は、書類のチェックを始める。数式を検算して、赤鉛筆でひとつひとつ潰して行く。 指は動き、字は見えているはずなのに、何ひとつ頭に入ってこなかった。 「………」 フロアに電気がついているのは、政策課と総務だけのようだった。 もしかすると、このフロア、俺と彼女だけなのか? だからどうした? だからどうだっていうんだ。 でも―― 話すなら、今がひょっとして、チャンス、とか。 「だーっ、集中できねーっ」 5分後、結局席を立っていた。 なんとか偶然を装って、さりげなく、なにげなく「お前、須藤のことイジメてるってマジ?」的なノリで、軽く……。 あと1メートルで総務、という所で足が止まる。電気はついているが、静まり返っている。やはり、残業組は的場果歩1人かもしれない。 南原さんでもいたら、すっと話にはいれんだけど……いや、いたらいたで、話なんてできないか。 どうする。 もし、また嫌な顔をされたら。また、しつこくつきまとわれていると思われたら。 すーっと晃司の中で、舞い上がっていたものが引いて行った。 「………」 そんなに、強いわけじゃない。 数か月前の出来事では、晃司もそれなりに傷ついた。 いってみれば、プライドを棄てて復縁を乞った相手に、「他に好きな人がいる」と断言されたのである。 それどころか、――嫌われて、怖がられた。自分を見る時の、果歩のびくびくした眼。怯えた子供のような眼差し。今思い出しても自己嫌悪でいっぱいになる。 残酷な振舞いで果歩を傷つけたのは確かに晃司だが、その刃は、おそらく晃司の胸にも翻ってきた。 その時切り裂かれた傷は、まだ胸の深いところに残っているのだ……。 やーめた。 何やってんだ、俺は。 今朝痛い目にあったばっかなのに、また同じ目にあうつもりか。 「お、ゾノ、戻ってたのか」 政策課に戻ると、主査が1人、席についていた。 三田村俊夫。同じプロジェクトの主担当者で、在籍6年。来年は異動することが、ほぼ確定している。 ひょろりとした長身に、いつもにやけているようなご機嫌な顔。人はいいのだろうが、仕事面では、晃司はこの人を認めていない。率先して雑務をこなすあたり、確かに腰は軽いのだが、反面、重要な仕事には及び腰だったりする。 「腹へったんで、メシ買ってきた。コンビニもんだけど、食う?」 「あ、僕は外で食べてきたんで」 「あんま、仕事ばっかになんなよ、ゾノ。若い内は、他にも比重置くとこがあんだからさ」 「はは」 42歳で主査に昇格した三田村の言葉など、間違っても真にうける必要はない。 その三田村が、おもむろに携帯を出して耳に当てた。 「あー、俺。ウン、ごめんねー。今夜はもう少し遅くなる。メシ? 食って帰るから気にすんな。寝てていいよ。ナナミの支度もあるし、お前だって仕事だろ。いいよ、食器なら俺が洗っとくから」 ぶっと晃司は、吹き出しそうになっている。 つか、いくら携帯だからって、もろ家庭事情がバレる電話なんかすんなっつーの。 仕事以前に、こういう所が、この人は苦手だ。 「さーて、ちゃちゃっとすませっか! ゾノ、終わったらお前のも手伝ってやるからな」 「ありがとうございます」 まぁ……いい人ではあるんだけどさ。足を引っ張り合うのが当たり前の本庁じゃ、滅多にいない希少な存在。 「こういう時、理解ある奥さんっていいよなぁ。ゾノ、お前も結婚すんなら、仕事のことよく理解してる人にしておけよ」 「主査の奥さんって、役所の人でしたっけ」 「ウン、元臨時。今はスーパーでパートしてんだけどさ」 問題外。 ちらっと机をのぞきこむと、三田村が抱えている仕事が、いわゆる「入江係長の尻拭い」だと、すぐに判った。 本当にお人よしだ。 どれだけ残って一生懸命やったとしても、仕事の功績は、全て本省から来た若い女のものになるってのに。 「そういや、ゾノ、知ってるか? 今日ちらっと聞いたんだけどさ。須藤さん結婚するんだって?」 ぶっと、本当に晃司は吹き出していた。 は? け、結婚? 「いやさ、最近休みが多いだろ。元気の子なのにおかしいなーって思ってたんだ。そしたら、なんと結婚だってさ。と、いうことは、今は結婚準備で忙しいんだろうなぁ」 な、なんつー、ハッピーな解釈だろう。 「それ、誰に聞いたんですか」 「ん? 那賀さん」 「…………」 局長? 窓際局長――もとい、今年で定年退職が決まっている局長、那賀康弘のことである。 「自分が仲人やるだのなんだの、嬉しそうに話してたけどね。相手のことははっきり明言しなかったけど、どうせ、総務の藤堂君だろ」 なんだ、それは? いったい、どこまでがガセで、どこまでが本当なんだ? 「知らなかった……。三田村さん、局長と親しいんですか」 「いや? 那賀さん、口が軽いから、誰にでもべらべらしゃべってんじゃね?」 どういうことだろう。 那賀局長の早とちりか、それとも、安藤香名のほうが誤解しているのか。 「須藤さんのファンだったオジサン連中、悔しがるだろうなぁ。藤堂君、嫌がらせでもされなきゃいいけどね」 楽しそうに三田村は言い、それで、話題を打ち切った。 「…………」 晃司はパソコンを起動させようとして、はたとその手を止めていた。 まてよ? 須藤流奈が、果歩にいじめられているとしたら。――そうだ、これで動機は成立したことになるんじゃないか? 本当に藤堂が須藤と結婚を決めたのだとしたら、果歩は、そりゃあショックだろう。イジメたいほど、憎む動機には、確かに成り得る。 そのあたりの事情も踏まえた上で、的場果歩がイジメの首謀者だとみなされていたとしたら。…… まてよ。やっぱり判らない。だったら何故、こんな微妙な時期に、那賀さんは、わざわざおかしな噂をばらまいてるんだろう? あの人は、基本、果歩の味方のはずなのに。 そもそも女子内のイジメ程度で、あのしたたかな須藤流奈が、欠勤するほどへこんだりするか? いや、ただへこんでいるだけじゃない。人事課に直訴するという報復手段を取っている。 まさか……。 全部が須藤流奈の仕組んだ芝居で、罠にかけられているのは、果歩……? そこまで考えた時、パソコンが庁内ネットに接続された。指が、習慣で、個人に割り当てられたメールボックスをクリックしている。 ふっとその刹那、忘れていた嫌な感覚がよみがえった。まさか、――まさかね。 が、次の瞬間、晃司は思わず固まっている。 新規メールが100件。 件名はすべて、死ね。 |
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