(的場さんには、ちゃんと説明した方がいいと思いますよ) 昼休憩。 昼食を買った藤堂は、迷った挙句屋上に上がった。 流奈は午後から年休を取って帰宅したようで、彼女に言い訳するなら今しかないというタイミングである。 ――言い訳というのも妙だな。 温かな春の日差しの下を歩きながら、藤堂は頭を掻いた。 なんともおかしな立場になってしまった。 しかし、的場さんの機嫌が悪いままでは、課全体―― ――いや、局全体か。 藤堂は軽く嘆息した。午前中は何度も他課の職員が「的場さん、どうしたの?」と、南原や大河内に聞いていた。 確かに大河内の言うとおりだ。この局における的場さんの存在感は本人が思っている以上に大きい。 少なくとも彼女の目には、僕は課内の風紀を乱した不良生徒のように映っているのだろう。その誤解だけは解かないと。 ――いないな……。 周囲に視線を配りながら、藤堂はベンチに座る果歩の姿を探した。 考えてみれば、毎日彼女が屋上に上がっているという確証はない。藤堂はほぼ毎日上がっているが、彼女と遭遇したのはたった二度だ。 ――そういえば、人事課の綺麗な人と一緒に食べると言っていたな。 不意に自分のしていることが恥ずかしくなり、たじろいだ藤堂は方向転換した。 あまり考えたくないが、これではまるで須藤さんと一緒だ。相手の気持ちも考えずに追い掛けたり、待ち伏せたり……。 「――藤堂係長」 果歩の声がしたのはその時だった。 ドキッとした藤堂は、馬鹿みたいにその場に数秒棒立ちになってから、覚悟を決めて振り返った。 眼鏡がないから彼女の表情までは分からないが、職場と違ってとげとげした空気はない――ように思える。 「よかったら」 藤堂がベンチを探していると思ったのか、果歩が端に寄ってくれる。 藤堂は、「すみません」と断ってから腰を下ろした。 非常に気まずいのは、2人の目の前に空いているベンチがちらほらあるということだ。 これでは、まるで僕が的場さんを探していたみたいだし(実際に探していた)、それをおかしな風に誤解されても困る。 藤堂と果歩の立場は上司と部下だ。取りようによっては、藤堂の態度はセクハラになりかねない。 奇妙にぎくしゃくした沈黙を、最初にやぶってくれたのは果歩だった。 「食事に、出られたのだと思っていました」 「昼に庁外には出ないようにしているんです」 即答したのは、午前中に、果歩のいる前で流奈にしつこく食事に行こうと誘われたからだ。 とはいえ、あれは完全に嫌がらせだった。「お昼、いつもどこで食べているんですか」という質問は、藤堂どころか果歩に対してもあてこすったものに違いない。 ふっと微かなため息が聞こえた。 また何か失言をしたかなと思いながら、藤堂は横目でそっと果歩の様子を窺った。――ん? 笑ってる。 ――何故? 藤堂はどぎまぎしながら、弁当箱をビニール袋から取り出した。 ――まぁ……機嫌はそこまで悪くないってことだよな。 それはそうだ。須藤さんが僕にどんな対応をしようと、プライベートな部分では的場さんに何の関係もない。 大河内さんというより……僕の考えすぎだったな。これは。 少なくとも僕の方から、須藤さんのことを口にするのはやめておこう。 箸を取り上げ、なんの気なしに果歩の膝に目を向けた藤堂は、「え?」と目を見張っていた。 やたら弁当箱が大きいな、今日は。 「今日は、随分沢山食べられるんですね」 何故か果歩は、ぱっと顔を赤くした。 「はい、今日はなんだかお腹が空いちゃって」 「そうですか」 それはいいことだ。 あんな葉っぱばかり食べていて、どうやって肉体と精神の均衡を維持しているのか藤堂はさっぱり分からない。 しかしあの量を、時間内に食べられるのかな、この人は。 「あ、あの」 「はい?」 果歩がいきなり裏返った声を出したので、藤堂は驚いて振り返った。 「すみません。実は、これは係長にと思って。ごめんなさい、おせっかいだとは思ったんですが」 「………………」 藤堂は、たっぷり30秒は呆けたように固まっていた。 頭の中が完全にフリーズしている。対応するにはデータがなさすぎて、何ひとつ判断できない。 「昨日、あんまり身体に悪いものを食べてらしたから。えっと、ごめんなさい。ほんと私、おせっかいな性格なんです」 客観的に判断すればその通りだ。 僕は頼んでいないし、今食べているものに不満もない。 そして今、手元には三個の弁当まである。 が、そんな些細なことがどうでもいいと思えるほど、自分の中を未知の感情が満たしている。 耳が熱いのは日差しのせいだろうか。いや、もう認めるしかない。僕は今――体温が上がっている。 「……もらってもいいですか」 「え、あ、はい」 膝の上で、果歩が急いで弁当の包みを解いている。 いつもそつの無い手つきで、なんでも器用にこなすように見える彼女の指が、妙にもたもた包みを解いているのが不思議に好ましかった。 また、あの匂いがする。 露に濡れた明け方の花のような――雨に咲く紫陽花のような――爽やかで、かすかに甘い。 「どうぞ」 「あ、どうも」 受け渡しの刹那、指先が軽く触れる。 その刹那2人の目が合って、殆ど同時にお互いの手を引いていた。 び、びっくりしたな。 僕もおかしいが、的場さんも大概だぞ。これで弁当が落ちなかったのは奇跡だ。 「じゃあ、代わりに僕のを」 「えっ、いえ、いいんです。私、コンビニものは苦手みたいで」 「そうですか」 互いの動揺を誤魔化すような慌ただしい会話が気恥ずかしい。 かろうじて自分の手で支えた弁当箱は、ずっしりと重かった。 唐揚げ、焼き魚、エビフライ。 あまりに多彩な食材に、食欲より申し訳なさの方が勝ってくる。 しかし藤堂はすぐに気が付いた。これは――僕が昨日買った弁当の具材だ。 藤堂にしてみれば、エネルギーになればなんでいいので、特に考えもせずに適当に選んだ弁当である。 彼女はそれを覚えていて、何が好物か考えながら用意してくれたのだろう。 あざとさというより、むしろ彼女の本質的な不器用さが窺えるような気がした。 嬉しいし、ありがたくもあるが――こんな真似を、僕と彼女の間柄で続けては、まずい。 今日は大丈夫だが、またこんな場面を須藤さんに見られたら、ますます厄介なことになる。 それでも、深いところで自分を満たしている感情は困惑とは真逆のもので、藤堂は自分が、彼女に対して特別な好意を持っていることを認めざるを得なかった。 ――まぁ、それも無理はないな。 7年、胸に抱き続けていた憧れの人が、今、ようやく自分の存在を認識してくれたのだ。 ただその人は、僕の思っていた人とは、似ているようで全く違う。 おせっかいでお人好しで、結構感情を表に出す。多分、恋愛の駆け引きには極めて不器用な人だ。 ずっと思い出さないようにしていたが、7年前、二度目にあったその人は、初めて出会ったその時とも今とも、全く違う人のようだった。 ほっそりとしたパール色のドレスに身を包み、――その場の誰よりも美しかったのに、終始不安に潤んだ瞳でうつむいていた。 その夜、ホテルで開催されたパーティの会場で、ウェイターをしていた藤堂は何度かニアミスといえる距離で彼女とすれ違ったが、彼女の瞳が自分に向けられることは一度もなかった。 藤堂もまた、職務でその場にいる以上、与えられた仕事以外に目を向けるわけにはいかない。 でも、ずっと話しかけたかった。 どうして、こんな所にいるんですか。 あなたが一緒にいるのは、悪い噂のある男です。 こんな場所にいないで、早く帰った方がいい。 けれど、藤堂がそれを伝える前に、彼女の目がその夜初めて喜びに輝いた。 (瑛士、今、――つい今だ。こんな人を見なかったか? 背は160と少しくらい、痩身で――そう、髪は後ろでひとつに括っている。服は紺のビジネススーツ。靴は黒のアンクルストラップでヒールの高さは7センチだ。色白で目がとても綺麗な人で、表情は……怒っているか泣いているか、どちらかだと思う) あの日、トイレの前で果歩を待つ藤堂に、慌てた様子で駆けてきた人が、早口でそう言った。 その人の観察眼の細かさはいつものことだが、それでも普通でないことはすぐに分かった。 どうしてあの時、その人が探している相手が、すぐに「彼女」だと分かってしまったのだろうか。 「彼女」に何も言わずに、僕は立ち去ってしまったのだろうか。 でも、その時の対応が間違っていなかったことは、パーティの夜に分かった。 彼女が、まっすぐに――恋を隠そうもせずに見つめていたのが、その人――真鍋雄一郎だったからだ。 真鍋が恋をしていることは、ただならぬ様子で果歩を探していた時から察している。 結局、二人の恋は実らなかったようだが、それもまた人生の現実だろう。 ――今は、的場さんにも恋人がいるという話だが、いい人だったらいいな。 「…………」 なんしても、彼女と個人的なやりとりをするのは、これで終わりにしなければ。 「お礼、しないといけませんね」 藤堂が微笑して言うと、果歩は少し驚いたように首を横に振った。 「いえ、そんな、もう趣味なんで、ほんとに」 「でも、材料費なんかもあるでしょう」 「家の残り物なんです。気にしないでください。それに昨日お弁当をいただきました。その方が高いくらい」 「いや、今度は僕がご馳走します」 咄嗟に出た失言というより、そうしたいという願望が言葉になって飛び出したような感覚だった。 藤堂は自分が言った思わぬ言葉に息をのみ、膝で拳を握り直しながら前に向き直った。 ――……しまった……。 同じように驚いて黙り込んだ彼女が、困惑しながら言葉の続きを待っているのが分かる。 「……コンビニのお弁当ではないですよ」 「あ、はい、それは」 「…………」 「…………」 どうしてこんな空気になった? いや、そんな空気にしてしまったんだ、僕は。 自分の立場をわきまえろ。ここで昼ご飯を一緒に食べるより、外食する方がなおまずいじゃないか。 「あの、ご迷惑じゃなければ」 今度は果歩が口火を切ってくれたので、藤堂はすくわれた気持ちで居住まいを正した。 「また、お弁当をつくってきてもいいですか」 ――ん? もしかして、また話がふりだしに戻った? いや……それは……、僕らの関係ではよくないというか、まずいというか。 涼しい風が吹いてくる。 藤堂は目を泳がせてから、自分の頬を軽く掻いた。 「はい」 極めて珍しいことに、自分でも、どうしてそんな返事をしたのか分からなかった。 ************************* 「はい、すみません。今日の5時までには提出しますので、もう少し待っていただけますか」 電話を切った果歩が、ふぅっとため息をついている。その斜めの前の席では、南原が慌てた口調で国交省と電話している。 4月もあと少しで終わろうとしている。 一時、仕事が落ち着いたと思ったのも束の間、総務課庶務係は第二の繁忙期に突入したようだ。 「あれ? これ……国交省からきた依頼だけど、的場さんがやってくれた?」 電話を切った南原が、訝しげな声を上げた。 「いえ、多分係長じゃないですか」 そう答えた果歩の目が、同意を求めるように藤堂に向けられる。表情は真面目だが、ほんの少しだけ目が優しく笑っている。 「てっきり僕の仕事だと思ったんですが、違いましたか」 藤堂が答えると、ぐっと南原が詰まるのが分かった。 最近の藤堂は、南原の先手を打って彼の仕事を引き受けるようにしている。 彼が存外プライドが高く、他者にテリトリーを犯されることを嫌がる性格だということが分かったからだ。 南原は、しばらく藤堂が作成した資料のあら探しをしていたようだが、やがて諦めたように舌打ちをした。 「悪いんですけど、これ、俺がやるようになってるんで」 「そのようですね」 「てか係長のくせに、業務分担も頭に入ってないんですか」 「おっしゃるとおりです。次からは余計な真似はしないように気をつけます」 どうやら自分の仕事を新人に奪われると思った途端、それを警戒するようになったらしい。 うつむいた果歩が、笑いを堪えているのが分かり、藤堂は軽く咳払いをした。 何がどう改善されたというわけではないが、4月半ばまでと比べて気持ちが随分絡になったのは、近くに理解者がいてくれるからだ。 果歩とは、あれから二度屋上で一緒になった。 ベンチが埋まっている時と、果歩が一人の時、そのふたつの条件が揃ったタイミングでだ。 別の言い方をすれば、意図的に一緒に食事をしているわけではないと――周囲にも自分にも言い訳できるタイミングだ。 藤堂は毎日上がっているから、彼女が人事課の友人と一緒のところを見かけたこともある。 彼女もまた、7年前に藤堂が勤務していたホテルで目にした人物であることが分かったが、相手が自分を覚えている心配はまずないだろう。自分以外で、そこまで記憶力のいい人物に出会ったことは一度もない。 弁当の件は、いったん僕にお礼をさせてくれませんかとやんわりと断った。 仕事が忙しくなったため、その約束が実行できる目途は立ってないが――果歩もまた、弁当をつくる余裕がなくなったらしい。 今では彼女も、コンビニで買った野菜ジュースとサンドイッチを食べている。 特段会話が弾むということはなかったが、彼女とはその時、少しの間だがいろいろな話をした。 好きな作家や映画のこと、最近気に入っている文房具のこと、昨日見たテレビのこと。 藤堂はもっぱら聞き役だったが、歌うように語る彼女の声を聞いているだけで、不思議に心地よかった。 笑ったとき、目の下にできる膨らみや、片頬だけに浮かぶえくぼが可愛いと思った。 迷っている時に膝の上で指を組み合わせるところや、小首をかしげて空を見上げる癖が、どこか子供っぽくて、好ましかった。 楽しそうに目を輝かせてこちらを見る時、彼女の双眸の澄み切ったきらめきに吸い込まれそうになる。 でも、彼女がそういった素の部分を見せてくれるのは、ほんの束の間、一瞬だ。 職場に戻れば、再び隙のない仮面をつけて、優等生そのものの彼女に戻る。 「係長、この資料、ちょっと見てもらってもいいですか」 「――、はい」 そこで果歩が席を立ってこちらに歩み寄ってきたので、藤堂は急いで居住まいを正した。 「これなんですけど、私の数字の出し方、間違ってますか」 差し出された資料の上に、果歩のほっそりと白い指が乗せられる。 また、あの匂いがした。 ずっと判然としなかったが、今なら分かる。初めて彼女の瞳に指で触れたときの匂いだ。 香水ではなく、彼女の肌から淡く漂う、染み通るように爽やかで、花の蜜のようにほんのりと甘い香り。 「…………」 雄一郎さんは、この人のどこを好きになったんだろう。 ひどく不思議な感情だ。今僕は、僕が好きになった部分を、雄一郎さんが気づいていなければいいとさえ思っている。 このもやもやした感情を、どう定義すればいいんだろう。 雄一郎さんに――いや、どんな他人に対しても、こんな気持ちになったのは初めてだ。 なんともばかばかしいな。 彼女が雄一郎さんを好きだったのはもう7年も前の話で、今彼女には別の相手がいるというのに。 「――係長?」 「ああ、すみません。ええと、これはですね」 ワンテンポ遅れたことにようやく気づき、藤堂は果歩の質問にひとつひとつ答えていった。 自分の特技――もっともそれが「特技」だと分かったのは中学になってからだが――他人の話と自分の思考が競合している時でも、相手の話を記憶できているのはありがたい。 説明を終えた藤堂は、今の精神状態で執務室に留まっていることへの危険を覚えて席を立った。 「的場さん、コピー用紙が切れてるけど、どうなってる?」 そんな声が背後で聞こえ、「あっ、はい」と果歩がすぐに席を立つ気配がする。 そう――4月初頭につきつけられた問題は、まだ何も解決していない。 もう頭の中でプランは立っているのに、そこに踏み切れない理由は分かっている。 自分は、果歩の心の平穏を崩したくないのだ。 彼女に反発されるのも、この件で対立するのも――嫌なのだ。 そもそもあと一年経てば、彼女はこの局を異動する。何も今、痛みを伴う改革に彼女を巻き込む必要があるのだろうか。 「藤堂さんっ」 いきなり背中から柔らかなものに抱きつかれ、藤堂は息をのむようにして固まった。 給湯室に入ったタイミングで助かったが、相手はむろん須藤流奈である。 「――なんですか」 素早く――しかしじゃけんにならないように気をつけてその腕を引き離すと、藤堂は注意深く距離を置いてから流奈を振り返った。 「つっめたーい。的場さんを見る目はあまあまなのに、ひどくありません?」 「誤解ですよ」 会話の糸口をつかまれないように、極めてそっけなく藤堂は返した。 流奈のあからさまなアタックは、最初ほど開けっぴろげではないものの、一応は継続中だ。 すでに局内では、二人はつきあっていると噂されており、藤堂がいくら否定しても信じてもらえていない状況である。 「あれからどうなったか、興味ありません?」 「……何がですか?」 よほど「ありません」と言いたかったが、何の話しなのだか分からない。仕方なくそう聞くと、流奈は嬉しそうに鼻の上に皺を寄せた。 「流奈と前園さんのことですよ。別れ話を切り出そうとする度に引き留められて強引にセックスです。身体をつなげたらなんとかなるとでも思ってるんですかね、男って」 聞くべきではなかった。 そう思いながら、藤堂は空になったカップに新しいコーヒーを注いだ。 「でも、結局私も流されちゃってずるずるなんです。やるだけやったら冷たくされるって分かってるのに馬鹿ですよね。藤堂さん、なんとかしてくれません?」 ため息を堪えるのに、ここまで忍耐を要したこともなかった。 「……なんとかとは?」 「だから、藤堂さんが流奈とつきあってくれたら、きっぱり別れられるんです。何度もそう言いませんでした?」 「できかねます」 言っては悪いが、藤堂自身、何度も同じ答えを返している。 「やっぱり、的場さんが好きなんですか」 「答える義務はありません」 しかし流奈は、いつも以上にしつこく食い下がる。 「ねぇ、答えてくださいよ。一体、流奈と的場さんのどっちが本当は好きなんですか」 なんだろう、その言い方は。 まるで僕が、須藤さんを好きなのが前提のような気がするのは考えすぎか? そこでようやく藤堂は、流奈と自分の間に根源的な認識の違いがあるのではないかと思い至った。 「的場さんに関しては答える義務はありません。僕の心の問題だ」 それは白状したも同然の言い方だったが、その時の藤堂にそこまでの自覚はなかった。 「でも、須藤さんに関していえば、はっきり答えます。僕はあなたを好きになったこともなければなることもない。もう、勘弁してもらえませんか」 流奈は答えず、ただ猫のような目でじっと藤堂を見つめている。その顔に張り詰めた緊張が破れる直前のような危うさがあった。 藤堂は気まずさから目を逸らしていた。 自分は今、この人を傷つけてしまったのだ。それも、かなりひどい言葉で。 「………友人としてというなら」 「もういいです」 感情をぎりぎりで堪えたような声がした。が、次の瞬間、流奈はくくっと笑いを堪えるような顔になる。 「とでも言うと思いました?」 藤堂は眉を寄せ、おかしそうに口元を歪める流奈を見つめた。 「あっはは、その程度の言葉で私を諦めさせようしているなんて、甘いなぁ。私がどれだけ粘って前園さんを落としたか知らないでしょ」 流奈はひらひらっと手を振ると、短いスカートを翻すようにしてきびすを返した。 「まだまだ、こんなの序の口ですから。じゃっ、また後で」 |
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