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年下の上司 story10〜 December@

12月は恋の季節 無意味なモテ期がやってきた(3)


「……藤堂さん」
 給湯室で声をかけると、カップを洗っていた藤堂は、顔もあげずに「どうしました」と言った。
 その、どこか壁のある態度に、果歩は入り口のところでたじろいでいる。
「補佐は……?」
 あれきり、中津川は戻らない。
 果歩は更衣室で着替えを済ませて再び執務室に戻ったが、まだ中津川は席空けのようだった。
「15階の会議室に行かれたんだと思います。今夜、急きょ、社愛党議員への事業説明が入りましたので」
 そうなんだ―― 。
 机の上がかなり散らかっていたから、あのまま帰るはずはないと思っていたけど。
 少しほっとしながら、果歩は藤堂の横顔を見上げた。
「あの、時間は大丈夫なんですか」
「時間?」
「だって―― 」今夜は合コンじゃないですか。
「南原さんたちは、もう出ちゃったみたいですよ」
「飲みなら、先ほどキャンセルしました。今夜は僕も、補佐の仕事の手伝いをしなければならないので」
 淡々と藤堂は答えた。
「大丈夫ですか?」あんな状態の……補佐と一緒で。
「大丈夫ですよ」
 あっさりした返事が返される。
「私……何か、お手伝いできることがあれば」
「いえ、結構です」
 その間、一度も果歩を見ようとしない冷たさに、果歩はますます居心地の悪いものを感じていた。
 な、なんだろう、この落ち着き払った開き直りっぷりは。
 合コン、行かないんだ。行かないならいいけど……一度は行く気だったんだから、ここで怒るのは私で、ひたすら謝るのは藤堂さんのはずなのに。
 蛇口を閉めて籠にたまった水を切り、藤堂は初めて果歩を振り返った。
「的場さんは、そろそろ出られたらどうですか」
「…………」
「間に合わなくなりますよ」
 口元には、余裕の微笑さえ浮かべている。
 なんだ、やっぱり刑事さんとの騒ぎは聞こえていたんだ。でも、なんだってそんな態度……。
「僕のことを気にされているなら」
 やはり、穏やかな口調で藤堂は続けた。
「どうか、気になさらないでください。僕らは、プライベートを束縛しあう関係じゃないんですから」
 なにそれ。
 なに……その、思いっきり突き放した反撃は。
「私にも、束縛するなってことですか」自然に果歩は言っていた。
 藤堂が、何か言いかけるのを遮って言葉を繋ぐ。
「そんなに私の態度が気に入らなかったのなら、誤ります。どうも、すみませんでした」
「…………」
 彼は、再び何か言いかけたようだったが、諦めたように口をつぐんだ。
「百瀬さんと須藤さんだけでは、心もとないので」
 そして、やはり淡々とした口調で彼は言った。
「どちらかといえば、的場さんがついていかれたほうが、いいのではないかと思います」
「…………」
 ああ、そうですか。
 一応私も、りょうの振り分けでは羊のカテゴリーだったんですけど。
「じゃ、行ってきます。新しい出会いがあるかもしれませんし」
 果歩は、にっこり笑って藤堂を見上げた。そして、言わなくてもいい余計なことまで言っている。
「藤堂さんも、早く仕事を終わらせて、南原さんのところに行ってあげてくださいね」
 が、藤堂は、あろうことか、それ以上の冷静な微笑で答えてきた。
「努力しますよ」
 ああ……なんてバカな私。

 *************************

「おじさーん、こっちこっち」
 ひらひらと手をふる、ロングヘアの女の子に、中津川はほのかな笑顔を滲ませて歩み寄った。
「やぁ」
「いいのー? 仕事が忙しいって言ってたのに」
「かまわんよ」
 甘い、懐かしい匂いが腕にまとわりついてくる。中津川は呟いた。
「仕事はもう、暇なものだ」
蒼衣あおいのワガママ聞いてくれたんだね。ありがとう、おじさん」
 腕を引っ張られるようにして、2人で夜の繁華街を歩きだす。
 中津川は、ひらひらと揺れるスカート、その下からのぞく太ももに目を止めた。
「少し、短すぎやしないかね」
「嬉しくない? 蒼衣、おじさんに見せたくて、短いのはいてきたんだよ」
「いや……」
 わしは、少しも嬉しくない。そんなものは見たくもないんだ。
「新しいスカートを買ってやろう」
「わーっ、嬉しい」
 歓声をあげて、若い匂いがしがみついてくる。
「でもね、蒼衣の好きな店は、昼間にしかやってないんだ。お金ちょーだい、おじさん好みのスカートをちゃんと買うから」
「膝まで隠れないと、スカートとは言えんぞ」
「うん、判ってる」
 中津川は財布から1万円を取り出して、少女に与えた。
「残りは好きに使いなさい。でも、無駄遣いはいかんぞ」
「うれしい、おじさんって、まるでお父さんみたーい」
「………」
 少女はうきうきと、中津川の腕をからめとるようにして歩き始めた。
「でも、うちのクソオヤジとは大違い。おじさんは優しいし、蒼衣の言うことなんでも聞いてくれるもん。あーあ、おじさんが、お父さんだったらいいのにな」
「いかんなぁ。自分の親に、そんな風な言い方をしたら」
 空を見つめ、中津川はつぶやいている。
「そんなことより、おじさん、早くご飯食べにいこ? それからデパートいって、ほしいバックがあるから買ってね? つきあってくれたら、後はおじさんの好きなところに行ってもいいよ」
 通りすがりのサラリーマンや学生連れが、時折、好奇な目でチラ見している。典型的な援助交際そのもののカップルを。
「それにしても、おじさんにお財布届けてよかったな」
 蒼衣は、切れ長の瞳を艶めかせて微笑した。
「こんなに仲良くなれるなんて、思ってもみなかったから」
 こんなことがバレたら、役所はクビだな。
 中津川は、どこか他人事のような気持ちで考えている。
 まぁ、それならそれで構わない。何もかもどうでもいい。もう、嫌な奴に頭を下げてまで、あくせく働く必要は何もないんだ―― 。

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「岡田です」
「三宅です」
「森田です」
 …………カミングセンチュリー……。
「緒方です、いやー、急きょ1人増えちゃって、3対4ですかー、こりゃ、熾烈な争奪戦だなぁ」
 確かにこの合コンは、今まで果歩が経験したそれとは、大きく趣が違っていた。
「一人っ子?」
「今の仕事、やめられる?」
 すでにお見合いばりの質問が、ばんばんカミセンの3人から飛び交っている。
 乃々子はさすがに引いているようだったが、流奈はひたすら楽しそうだった。ノリもいいし、話の盛り上げ方も上手い。結局、流奈1人に男2人、話にのれない乃々子には、気を使うように緒方が話しかけ、果歩は―― 三宅と名乗る、いかにも体育会系の大柄な男と2人で話す感じになっていた。
「へぇ、もうそんな年なんですかー。そうは見えないな。僕らと結婚したら、仕事は続けられなくなるけど大丈夫ですか?」
 態度は控えめだが、ノリは思いっきりお見合いである。
 実際、男たちの目は、本当に真剣で切実だったから、果歩は次第に申し訳なくなっていた。
「えっ、彼氏がいるんですか」
 果歩が小声で打ち明けると、三宅という青年は、驚いたように凛々しい眉をあげた。
「ごめんなさい。無理に連れて来られちゃって」
「いやぁ、……それはまいったなぁ。でも、そいつと結婚まで約束してるわけじゃないんでしょ」
 短く切りそろえた髪を、三宅は困惑したように掻いた。顔立ちは端正だが、体格は警察官らしくけっこうごつい。身長もかなりあるだろう。日焼けした肌が男らしく、精悍な目つきをしている。
「あの、もしよかったら、私はいいんで、後の2人と」
「いやぁ、いいっすよ。俺、君が一番好みだったから」
 にこっと笑いかけられ、果歩はちょっと頬を染めていた。
 なんだろう……。
 やたらもてるな、今月にはいって。
「みなさん、足代署の方なんですか?」
「いや、違いますよ。本部勤務です」
 あ、そうなんだ。
「じゃあ、県警本部の……」
「ええ、そうです」
 果歩は少し驚いている。緒方という刑事と引き合わされたのが足代署だから、てっきり足代署の人たちばかりと思っていたのだが―― 。
「同じ本部でも、所属はみんなバラバラっすけどね。岡田君が少年課で、森田君が捜査二課です。緒方さんと僕だけがボウタイで一緒なんですよ」
「……ボウタイ?」
「ああ、すみません。正式には組織犯罪対策課っていうんですけどね。長いし略称がまだ馴染んでないから、昔の名残でボウタイってつい出ちまうんですよ。簡単に言えば、暴力団担当です」
 ―― え……?
 果歩は口を挟んでいた。
「緒方さんって、暴力団関係のお仕事されてるんですか」
「そうですよ?」
 三宅は訝しげに果歩を見る。
 雰囲気がそのまんま―― じゃなくて。
「あの、じゃあ痴漢とか……その、婦女暴行的なお仕事は?」
「それは強行犯係の仕事になるから、……まぁ、ケースにもよりますけど、だいたい一課が受け持ちですね」
「一家?」
「刑事部の捜査一課。僕らは同じ刑事部でもフロアが全く別の局にいるんで、そっちの情報はあまり入って来ないですけどね」
「…………」
「何か、気になることでもありますか」
 はっと気づくと、三宅がやや不審な目で果歩を見下ろしている。果歩は慌てて両手を振った。
「あ、いえいえ、警察の組織なんて何も知らなかったから、興味深くて」
 そうなんだ……。
 果歩は、あらためて疑問を感じ、乃々子と話しこんでいる緒方の横顔を見つめていた。
 この人は、暴力団担当の刑事さんだったんだ。
 先月の大河内さんの事件で、じゃあ、緒方さんがしゃしゃり出てきた理由はなんだろう。大河内さんも晃司も、彼の顔を知らないようだったけれど……。
「フォローしておきますが、緒方さんは相当優秀な人ですよ」
 果歩の沈黙を別の意味にとったのか、三宅はけげんそうに言い添えてくれた。
「元は警視庁組織犯罪特別捜査隊のエースで、うちの県に配属されたのが去年なんです。ああいう人だから上に睨まれて飛ばされたのかもしれないけど、直に東京に呼び戻されるんじゃないかな」
「……そうなんですか」
「何か、気がかりでもありますか」
 そこは刑事の勘なのか、少し鋭い目で見つめられる。
「いえ、緒方さんの雰囲気があまり―― 警察らしく見えなかったものですから」
 果歩が笑いを交えて誤魔化すと、「ああ、やっぱりそっちの誤解ですか。一緒に歩くだけで、よく間違われるからなぁ」と、三宅もようやく納得した風だった。
「一度、敵対組織の構成員だと誤解されて、車に乗ってるところを襲撃されたことがあったんですよ」
「ええっ、本当なんですか」
「まぁ、即逮捕ですけどね」
「それは、相手も災難でしたね」
 笑いながら―― なんだか、理由の判らない不安を感じ、果歩は緒方との出会いのきっかけを三宅に話すのは、やめておこうと思っていた。
 なんだって、暴力団担当の刑事さんが、わざわざ痴漢事件に出張って来たんだろう。しかもあの時の彼の態度は、刑事というより、むしろ個人的な―― 。
 晃司を殴った連中が、確か暴力団と繋がっていると言っていたから、その関係だったのかもしれないけど。
「ヤクザさんって……」
「ヤクザにさんはいりません」思いのほか、厳しい口調で遮られた。
「コミックや映画の影響ですね。無駄に任侠とか持ち上げられてますけど、あいつらの本性は弱者から血を吸って生きる社会のダニですから」
 きっぱりと三宅は言った。
 その剣幕にたじろぎながらも、果歩は言葉を繋いでいる。
「あの、今でも、そういう人たちっているんでしょうか。昔はうちの市にもかなりいたって聞いてますけど、最近は、物騒なニュースも耳にしないですし」
「それはね、より巧妙に社会の中に紛れこんじゃってるからですよ」
 三宅は、警察官らしく、ますます厳しい目になった。
「いわゆるインテリヤクザです。脅したり騙したり薬を売ったり、そんな、即逮捕されるような真似をしなくても、今は合法的に金を稼ぐ方法がいくらでもあるんです。……法の抜け道というやつですよ」
「そうなんですか」
 知らなかった……。
 発砲事件とか、そんなニュースも近年見ないし、暴対法の成立もあって、ヤクザなんてものは大っぴらには消えてしまったのだと思っていた。少なくとも、この灰谷市からは。
「やぁ、僕のUn'anatraと盛り上がってるみたいだね」
 そこに、初めて話題の緒方が割って入った。
 ウン……タラ? 果歩は眉を寄せているが、三宅は恐縮したように立ちあがり、果歩の隣席を緒方に譲る。
「イタリア語であひると言うんだ。君は、僕のあひるちゃんだからね」
 顎のあたりに指をあて、緒方はにっこりと笑って見せた。
 に、逃げたい。今すぐ。
 果歩は額に冷や汗を浮かべている。
「今、彼女に、暴力団の危険性を説明していたんですよ」
 生真面目に三宅が報告した。
「ヤクザさんなんて舐めた言い方をしていたものですから。やはり、僕らの広報が足りていない証拠ですね」
「ま、平和な街をアピールしたいのは、どの自治体も同じだからね」
 のんびりと、緒方は笑った。
「いってみればね、こう……夜道を歩くでしょう」
 不意に緒方は立ちあがり、ふらふらっと歩く真似をしてみせた。何が言いたいのか判らないが、とりあえず、果歩は頷いて見せる。
「そこにはね、目に見えない落とし穴が、実はたくさん掘ってあるんです。君ら一般人は、そこを非常に危なっかしく……僕らの目から見たらですが、歩いている。落ちないのは運がいいだけで、落ちてしまえば救いのない地獄が待っているんですよ」
「…………」
「その地獄の底で手ぐすねを引いてまっているのが、あなたの言うところのヤクザさんです。まぁ、僕らもまた、ある意味地獄の底で生きている住人ですけどね」
 緒方はそう締めくくると、ひどく暗い目をして笑った。

 *************************

「いったい、どういうことですか」
 もともと神経質そうな都市計画局担当の財政課職員は、藤堂が入るや否や、眉をぴくぴくと震わせた。
「先生方は忙しいのに、30分も待ってもらっているんですよ。いったいおたくの担当はどうなってるんですか!」
「申し訳ありません」
 藤堂は頭を下げ、咄嗟に苦しい言い訳をするしかなかった。
「中津川は急用で帰宅しまして、代わりに僕が対応させていただきます」
 市長が掲げる駅前再開発事業に、一番反対の意を示しているが、社愛党である。
 市長とは犬猿の仲だと言われている彼らは、それまで市が用意した説明の席にさえつこうとはしなかった。
 今夜、その一角が交渉のテーブルについたことは、極めて重大な意味を持つ。もしここで社愛党票の一部でも取り込めれば、議決が優位にすすむからだ。
 同席する相手は財政局の担当と担当課長補佐。藤堂の前には、今夜初めて目にする資料が積まれている。
「すみません、遅れました」
 扉が開いて、都市政策課の五条原補佐と前園晃司が現れた。
「担当と中々連絡が取れなかったのもので、失礼しました」
 補佐が丁寧に詫びている。その隣で生真面目に頭を下げる前園晃司は、ちらっと藤堂を窺い見た。ひどく敵意のこもった眼差しをしている。
 本来、課長補佐級だけが呼ばれた席に、前園晃司が呼ばれたのには理由がある。局の調整担当――つまり中津川が姿をくらましてしまい、細かな変更事項に即座に対応できる者がいなかったからだ。
「前園さん、よろしくお願いします」
 藤堂は一礼し、用意された席についた。前園晃司がその隣に腰掛ける。
 五条原補佐は財政の補佐と、慌ただしく別の扉の向こうに消えていった。
「どうなってんの、お前の課」
 2人になった後、ぼそっと、晃司が呟いた。
「補佐は日がなぼけーっとしてるし、お前とはぎくしゃくしてるし、挙句にサボリか。すげーな、マジで」
「…………」
「俺が抜けた時点で飲みは散会。女の子たちすっかり怒っちゃったよ。なんか今夜は、南原さんも水原君も、妙にテンション落ちてたしな」
「ご迷惑をおかけしました」
「仕事ならしょうがねぇよ。正直、俺だって今夜の事業説明のほうが気がかりだったし」
 晃司はそこで、言葉を切った。扉が開いて、五条原補佐が戻ってくる。
「でも、藤堂さん。こんなことはこれきりにしてくださいよ。中津川補佐と藤堂さんが不仲だと、局のみんなが迷惑しますからね」
 極めて他人行儀に言って、そのまま晃司は手元の書類をめくり始める。
「…………」
 藤堂は黙って考えていた。
 あんな帰り方をして、明日、まともに出勤するつもりはないだろう。
 こうなった以上、補佐はいないものとして仕事を進めていくしかない―― 。
(この件は、君に一任する)
 春日の言葉の意味することは判っている。決断するなら、早い方がいいことも。
「そういや、あいつら、まだ飲んでんのかな」
 視線を書類に落としたまま、晃司が小さく呟いた。
 藤堂が、その意味を理解する前に、訝しげな眼差しが向けられる。
「お前さ、もしかして、さっきのおかしな刑事と知り合い?」
「―― 誰とですか?」
「いや、気のせいならいいんだけど」
「…………」
「あっち抜けて迎えにいくつもりだったんだけど、……ちっ、今夜に限って悪いことが重なるな」
 時刻は8時を回っている。
 もうひとつ、別の気がかりを思い出し、藤堂はかすかに息を吐いていた。

 *************************
 
「じゃ、彼氏と喧嘩したら連絡して。すぐにDVで逮捕するから」
 そんな怖いことを言って、三宅は最後に、携帯番号を書いたメモをくれた。
「警察官と友達になって損はないよ。ただ、交通違反は見逃せないけどね」
 結局、面白い好青年だった。年は、果歩より2つ年上の32歳。すごく釣り合い取れてない? もしかして。
 これもまた、もし恋愛渇望期であれば―― 「お友達から」と言っていたかもしれない。
 しかし、なんだって、今になっていきなりのモテ期なの?
 もっと早く来ていれば、いくらでもいい返事が……なんだか恋愛運を全部ここで使い果たしているようで恐ろしい。
 乃々子はいそいそと帰り支度をしていたが、流奈は完全に酔っ払っていた。岡田、森田の2人ともりあがり、2人に寄りかかるようにして、二次会に行く気マンマンである。
「まぁ、僕もついていきますから」
 果歩の心配を見越したのか、ちょっと苦い目で緒方は笑った。
「腐っても警察官ですから、犯罪に触れる真似はしませんよ。きっちり家まで送って帰ります」
 まぁ、確かに、そういう意味ではどんな男たちより安心なのだろうが……。
 トイレに行っていたせいか、遅れて店から出てきた乃々子に、果歩はそっと囁いた。
「流奈、大丈夫かな」
「テンションあがりすぎっていうか、なんか完全にキレてますね」
 乃々子も、眉を寄せていた。
「何かあったんですかねぇ。最近は的場さんと藤堂さんの間に、ショック受けるようなこともないのに……」
 余計なことをさらりと言う後輩を、果歩は軽く睨んでいる。が、今はとりあえず流奈だ。
「どうしよう、ついて行った方がいいのかな……」
 門限もあるし、元々気乗りしなかった飲みである。正直言えば、帰りたかった。藤堂への引け目も……多少はある。
 私ってバカだなぁ。
 空を見上げ、果歩ははぁっとため息をついた。
 意地張ってこんなところに来るより、彼に一言「ごめんなさい」って言えばよかったのに。
 確かに彼の態度は冷たすぎだけど、だからといって、果歩が怒る筋合いはない。
 それにひとつ、今さら気づかされた少し寂しい事実があった。
 そっか、私たち―― 互いを縛り合うような、関係じゃないんだ。
 藤堂は春まで待ってくれと言い、果歩もそれを了承した。
 つまり、春までは、互いにフリーということだ。彼の意図はよく判らないけど、あえて藤堂が何も言わず無視を決め込んでいるというのは、そういうつもりなのに違いない。
 なんだか、自信がなくなってきた。
 私ばっかが、こんなに好きで、本当に春まで持つのかな……。
「的場さんは先帰っていいですよ。実は、さっき連絡いれたんです」
 乃々子の囁きが、果歩を現実に引き戻した。「―― え?」
「……すぐに迎えにくるって言ってくれたから、大丈夫だと思います。ここからそんなに離れてない場所まで来てるんですって」
 誰のこと……??
 果歩が口を開きかけた時、バッグの中の携帯が震えた。



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