「あ、新年おめでとうございます」 <コーポやすらぎ>前の道路。 落ち葉を箒で掃いている大家夫人を見つけ、晃司はめざとく挨拶をした。 じろっと嫌味な目で睨まれる。 留守がちな晃司は、共益費やら町内会費の滞納―― (一度、口座引き落としにしてもらえませんかねと提案してひどい目にあった)、掃除に出なかったり、回覧版をずっと回さなかったりと、そんな失態が重なって、とにかく大家夫人とその一派からひどく嫌われているのである。 「いやぁ、年末は実家に帰ってたんで、しばらく留守にしてたんですが、何もありませんでしたか?」 愛想よく続けても、むっちり肥えた大家夫人は、チッと軽く舌打ちして、完全無視の模様である。 ―― なんだよ、またなんかやったかな、俺。 しまった、土産か。そこまでは頭が回らなかったな。 首をひねりながらスポーツバッグを担ぎ直し、晃司は階段を上がり始めた。 それでも晃司が、このコーポやすらぎに居座っているのは、引っ越すのが面倒だからだ。 実際、様々な手間を考えただけでぞっとする。仕事以外の一切の雑事を受け付けない晃司は、そういった日常の常識―― たとえば引っ越しに伴う公共料金の手続きや各種申請のことがさっぱり判らない。 クレジットカードだってそういった庶事が面倒で、つい最近まで作らなかったほどである。ちなみに家にパソコンはない。回線を繋ぐのが面倒だからだ。 家に仕事を持ち帰る愚は犯さない。それくらいなら、残業して上司に実績をアピールする。晃司にとって家とはまさに寝るためだけのもの―― 。潔癖のきらいがあるので、掃除だけはまめにしているが。 そういや、果歩とつきあってた頃は、あいつが回覧とかマメに回してくれてたんだっけ。 「…………」 今思えば、さっさと結婚してりゃよかったんだ。 料理も上手だし、掃除も丁寧だし、細かいところに目端もきくし、理想的な嫁さんになってくれていただろう。 出世がどうとか、そんな些細なことで、――いったい何を、俺は躊躇っていたんだろう……。 いやいや、まだあきらめるな、自分。 今年こそ、劣性逆転だ。絶対にあの木偶の棒から、果歩を奪い返して見せる。 決意も新たに階段を上がり切った晃司は、そこでようやく―― 大家夫人の態度の理由を理解した。 いや……。 これは、新年早々、なんの悪夢だ? 「晃司君!」 「前園さん!」 な、なんであのバカ女子高生だけでなく、須藤まで―― 。 しかも2人とも、とんでもなく険悪な形相で。 晃司は、こめかみをひきつらせたまま、玄関で睨みあう2人の女から後退した。最悪だ。 「あ、実家に忘れ物……」 「ちょっと待ってくださいよ!」 「晃司君、どこ行くの!」 その時には、晃司はだっと階段を駆け下りている。 いったい全体どうなってんだ。 こ、これじゃまるで、俺が女2人に二股をかけて、そいつがバッティングしたみたいじゃないか! 「あら、逃げたわよ」 「ほんと、これだから若い人は……」 踊り場で、様子を窺っていたらしい大家夫人一派が白い目で晃司を見ている。 「ご近所迷惑だから、これ以上居座るようでしたら、あたしが鍵を開けますからね」 階下では、箒を振り上げた大家夫人が、フンッと鼻息を荒くした。 階段の上からは、女2人がばたばたと晃司を追いかけてくる。 「晃司くーん、一緒に初詣行く約束でしょ?」 「前園さん、待ってくださいって言ってるじゃないですか!」 だ……誰か。 晃司は凍りついたまま、その悪夢のような光景を見上げている。 か、……果歩、いや、誰でもいいから、なんとかしてくれ―― っ ************************* 「くしゅん!」 「大丈夫ですか?」 「あ、すみません、何か急に寒気がして」 ぶるっと果歩は肩を震わせた。 寒気というか悪寒というか、「昨日寒かったからかな」 自分の額に手をあててみる。「熱って感じでもないですけどね」 「温度をあげますか」 「いえ、いいです。丁度いいですから」 藤堂の手が空調の方に伸びたので、果歩は慌てて遮っていた。 ただでさえドキドキしているのに、これ以上温度があがったら、本当に汗びっしょりになってしまう。 藤堂さんの車……。 果歩は、照れくさいような誇らしいような、そんな気持ちのまま、運転席の彼を見上げた。 見た目はかなりのおんぼろだけど……、ようやく収まることができた彼の助手席。 「あまり、サイズがあってないみたい」 「? それなら4月に」 「指輪じゃないですよ」 くすっと笑って果歩を自分の胸元を押えた。 昨夜もらった指輪なら、シルバーの鎖に通して、大切に首にかけてある。 もう、絶対に外さないもんね。4月に、彼に指に嵌めてもらうまで。 「車のことです」 あまりにも可愛らしい白のミニバンは、絶対に藤堂にあっていない。 こうやって助手席に座っていても、ちょっと気を許すと肘があたりそうなほどに狭いし、彼の頭はもう天井すれすれだ。よくもまぁ、こんな小さな車を、彼みたいな大きな人が買ったものだ。 ひどく窮屈な助手席―― が、それは果歩にとっては天国みたいに心地いい狭さである。 「お金がない時期に、無理をして買ったので」 運転する藤堂は、ひどく恐縮しているようだった。 「2年くらい乗れたら十分だと思っていたんですよ。もう少しよく考えればよかったな」 走行距離十万キロを遥かに超えた小さなミニバンは、昨日、東京からの長旅に耐えきれずに、道路のど真ん中でエンストを起こしたらしい。 今朝がた、旧知の車屋が休日返上で家まで届けてくれて、ようやく、藤堂は灰谷市に戻ることになったのである。 果歩は、昼過ぎに家族と一緒に帰るつもりだったのだが―― 。 「ついでだから、一緒に連れて帰ってもらったら」 そう言ってくれたのは、意外にも母の宮子だった。 「お休みも今日までだし、2人でどこかに出かけたいでしょ」 な、なんてナイスな心意気だろうか。 むろん、父の猛反対で却下されるだろうと思ったその提案は、意外なほどあっさりと許可された。 「まぁ、好きにすればいいさ」 新聞から顔もあげず、相当むっつりしていたが、父はどうやら藤堂を信頼すると決めてしまったようだった。 昨夜も、夕食前に2人でしばらく話こんでいたようだったが、果歩には、その内容まで判らない。本当いうと、今でもなんだか信じられない。結婚はできませんと、いかにも父が怒りそうなことを平然と公言した藤堂なのに―― 。 まぁ、そんなこんなで、家族どころか親戚にまで見送られて、まるで新婚旅行にでも出発するみたいなノリで、果歩と藤堂は帰途についている。 「このあたりから、歩いたんですか」 丁度、車が、エンストしたという地点に差し掛かる。美怜に聞かされたドラックストアの看板を見て、果歩は藤堂を見上げていた。 「そうですね」なんでもないように、彼は頷く。 「……すごいですね」 果歩は思わず呟いていた。 それはある意味心の底からの感嘆だった。ここら実家まで……車で10分はかかるから、歩いたら、どのくらいかかるだろう。 「タクシーが、すぐに捕まると思ったんですよ」 「それは不可能ですよ。呼ばなきゃ、まず通りませんから」 この近辺にタクシー会社は、駅前に1軒のみ、しかも2台の車両しか有していない。 しかし、この距離を……よく歩いて、あんな辺鄙な場所まで辿りついたものだ。 果歩は改めて感心している。 どおりで、彼は上着を脱いでいて、抱きかかえられた時、身体が熱かったはずだ。 「迷いませんでした?」 「事前に地図を見ていたので」 「うちの実家、地図に載ってないですよ?」 「住所と大雑把な位置関係が判れば、不思議と迷うことはないんですよ、昔から」 さすが、特別な頭脳の持ち主―― 。 ますますそんな藤堂に惚れなおし、果歩はうっとりと、運転に集中する彼の横顔を見上げている。 なんだか昨日一晩一緒に過ごして(もちろん、藤堂は離れに寝かされ、2人の間には父母と叔父夫婦の寝室が横たわっていた)、2人の距離がぐっと近づいてしまったみたいだ。 今も、狭い車内のせいだけでなく、すごく彼を身近に感じる。2人で一緒にいることが、とても自然で当り前のように。 「的場さん、運転は?」 彼の横顔が不意に訊いた。 「あ、ペーパーなんですよ」親が、絶対乗せてくれなかったので。 「免許は持ってますけど、何年も運転したことがないんです」 「そうなんですか」 「ごめんなさい、役にたてなくて」 「別に」前を見たままで、藤堂がわずかに苦笑した。 「僕ができるから、いいんじゃないですか」 ――あ……。 何気ない言葉が、きゅっと胸を締め付ける。 なんだろう。なんかもう、2人は一心同体、みたいな感じ? 何か、藤堂さんに出来ないことはないかしら。そうしたら私が同じセリフをお返しするのに。 後部座席には、黒い上着が無造作にひっかけてある。それが、法事用の衣装だと気づいて、果歩は少し申し訳なくなった。 昨日……本当に、抜けてきてよかったのかな。 なんだか、私が我儘を押し通したみたいで、申し訳ない。事情を話してくれればよかったのに……。まぁ、話し難い理由があるみたいだけど。 (兄が死んだのは、僕のせいだからです) あれは、どういう意味だったのだろう。 しかも、その亡くなられたお兄さんは、もし生きていれば香夜さんと結婚するはずだった。 藤堂さんと香夜さんが婚約したのは、彼が17才の時だと言っていたから―― つまり、お兄さんの死後もまなくして、2人の婚約は慌ただしくまとめられたことになる。 そして、藤堂さんは家を出た―― 彼曰く、逃げ出したのだ。 よく判らないけど、すごく辛かったんだろうな。 この人は、その時、香夜さんのことをどう思っていたんだろう。もしかして好きだったんだろうか。だとしたら罪悪感はいっそう強かったに違いない。 その頃、私は何してたんだっけ。もし奇跡が望めるなら、その時に飛んで行って、彼の傍にいてあげたい。藤堂さんが17の頃だから……。 交差点の手前で、車が停まる。 ふっと額に、あたたかくて大きな手が被さってきた。 「うん、熱はないですね」 「…………」 「初詣は済ませましたか」 また、そんな反則技を―― 。 不意打ちみたいに優しく触られたら、どうしていいか判らなくなるじゃない。 「ま、まだですけど」 いきなり高くなった体温と鼓動を持て余すように、果歩は目を泳がせている。 「じゃ、神社にでも寄って帰りますか」 「はい」 祈ることは決まってますけど。 今年こそ、彼と両想いになれますように。 隣に座るどこか鈍い人が、私に夢中になりますように。―― 身も心も。 「食事、どうします?」 ほんの少しだけ意地悪い気持ちになって、果歩は訊いた。 「もうすぐお昼ですけど、お腹空きません?」 「そうですね……。開いている店を見付けて、先に寄りますか」 「部屋にあげてくれたら、私が何か作りますよ」 途端に、彼が言葉に詰まるのが判った。 「それは……どうかな」 「まだ、どの店も正月休みでしょうしー」 「いや、どこかは開いてますよ」慌てたように言い添えられる。 「ファミリーレストランでよければ、確かこの辺りに」 ふんだ、そんなに必死にならなくても。 「……すみません」 別に―― 謝らなくてもいいのに。 「そんなに直ぐに、ご両親の信頼を裏切りたくないので」 「わかってますよ」 そんな真面目さなんてどうでもよくなるほど、早くこの人が―― 私に夢中になりますように。 胸の中で3回ほど手を叩き、果歩は気持ちを切り替えた。 「じゃ、先に食べにいきましょうか。お休みでもやってる美味しいカフェを知ってるんです。ちょっと量は、物足りないかもしれないですけど」 藤堂もようやく安堵したような微笑を浮かべた。その時だった。 「あら、電話」 膝の上のバッグの中で、携帯が震えている。 持ち上げた果歩はディスプレイに表示された名前を見て眉をあげた。 ―― りょう? なんだろう、りょうが休みに電話してきたことなんてなかったのに。 ************************* 「…………なに、これ」 目の前で繰り広げられている光景に、果歩は呆然と呟いた。 「なぁんだ、やっぱり2人一緒だったんすか」 「あけましておめでとうございまーす」 南原さんと水原さん―― 。 「ぐ、偶然に決まってますやん、果歩さんに限ってそんなことあらしまへん。ねっ、果歩さん」 宇佐美君まで? 「お姉さん、こんにちはー」 「的場さん、おめでとうございます」 長妻真央に乃々子……。 いや、別に特段驚くメンバーってわけでもないんだけど、問題は、この場所が……。 「……やぁ、的場さん」 ひきつった顔で、この部屋の持ち主が出迎えてくれた。 「藤堂係長も、どうも」 晃司………。 気のせいだろうか、年末に別れた時よりもずいぶんやつれて見えるような。 「お、おじゃましまーす」 おそらく晃司以上のひきつりを見せたまま、果歩はしらじらしく勝手知ったる部屋にあがった。 「わぁ、素敵なお部屋ですね」 「は、はは……どーも」 ひきつる2人の背後では、藤堂が静まり返っている。 彼の怒ると黙り込むモードの恐ろしさを知ってしまった果歩は、今や、彼を振り返ることさえできない。 しかし、いくらりょうの誘いを断れなかったとは言え、何も藤堂さんまでついてこなくてよかったのに―― なにしろ、ここには。 「藤堂さーん」 たちまち、白い弾丸が飛び出してきた。 「おめでとうございますっ。まさか今日会えるなんて思わなかったから、流奈、最高に幸せですっ」 あっと言う間もなく藤堂は流奈に腕を取られ、引っ張られていく。 今度、その優柔不断な背中を冷やかに見送ったのは果歩のほうだった。 へぇ……今年も結局、このパターンですか。 「お、来てくれたんだ」 その時、こんな異常事態に陥らせた張本人が、おたまを持ったまま顔を出した。 「りょう、いったい」 「まぁまぁ、いいじゃない。たまには賑やかに新年会も」 「そりゃ、いいんだけど」 「今、鍋作ってるのよ。まともに料理できるの私だけみたいだから、手伝ってくれる?」 しかし、いったいなんでこんなことになってしまったのか。 晃司の部屋に集まっているのは、南原水原の最低コンビ。宇佐美君。目下晃司と恋人宣言したばかりの長妻真央ちゃん―― 今も、べったりと晃司の傍に寄り添っている。そして、乃々子に流奈。 ここまではまだ判る。しかし、なにゆえりょうが……。 「ま、事情は後で説明するわよ」 手を洗って、りょうが差し出してくれたゴムで髪を括る。 エプロン―― 勝手知ったる習性で、つい棚に手をやったが、むろん別れて半年もたつ男の部屋に、果歩の私物があるわけもない。 「私としては、とんでもなく居心地が悪い場所なんだけど」 包丁を握りながら、果歩は小さく囁いた。 こう見えて果歩より料理の腕がたつりょうは、鍋の出汁の味をみている。 「藤堂君と一緒だとは知らなかったから。……悪かったわね」 そりゃ、総務課の中にりょう一人とあっては、黙ってはいられない。しかし、何故に……。 「晃司から電話があったわけ?」 「まぁね。お気の毒に、女2人に居座られて、どうにもならなかったみたいよ」 女2人? 1人は長妻真央ちゃんとして……、いや、まぁそんなことより。 「最近、晃司と仲いいの?」 そう訊くと、初めてりょうは、いたずらめいた目で果歩を見た。 「やける?」 いや、全然。……まぁ、りょうを取られたって意味なら少しばかりやけるけど。 「まぁ……悪いとは思わないけど……」 どこまで、大切な親友に打ち明けていいか判らず、果歩はぎろっと、背後に座る晃司を睨みつけた。 その晃司は、しがみつく真央を懸命に引き離そうとしている。 ――こいつ……。 秘書課の安藤さんと女子高生の二股だけならともかく、私のりょうまで巻き込んだら絶対に許さないからね。 今日は、それが心配で駆けつけたようなものなのだ。 必死で藤堂に言い訳して……「ま、前園さんの部屋でみんなが集まってるみたいでー。宮沢さんが、どうしても来いって言うんですよ」あんな別れ方をしても、3年つきあった元カレの部屋である。藤堂の機嫌が悪くなることを百も承知で。 「でも、なんだって新年会なの?」 切り分けた鶏肉をトレーに移しながら果歩は訊いた。りょうは、鍋の火加減を見ている。 「3対1で硬直するより、大勢でなし崩しにしちゃったほうが、てっとり早いし楽しいじゃない」 「……?」 3対1? ん? まてよ、その3には、そもそも誰が加わってるわけ? 「てか、りょう、本当に晃司が好きなわけ」 「やける?」 「いや、冗談抜きで聞いてるから」 「そんなことよりさ」 りょうが、目に笑いを滲ませて果歩の耳に唇を寄せた。「使った?」 ―― え? 「例の、香水」 「……………」 あーーーーっ、すっかり忘れていた! 果歩は、半ば蒼白になって振り返っている。流奈―― そして乃々子、2人の仁義なきライバルたちを。 案の定、目を覆いたくなる光景がそこにはあった。 藤堂の左右をがっちりキープした女2人は、恋につつましかったはずの乃々子でさえ、競うように彼に話しかけている。 し…………。 しまった…………。 「りょう…………」 怨むわよ、マジで。 「まぁまぁ、2人とも、今日は自前の香水みたいだから」 りょうは、くすくすと笑っている。 「え、そうなの?」 「うん、ある意味藤堂君は、……かな? 果歩にはお気の毒さまだけどね」 「え、なになに、なんて言ったの」 ちょうど肝心な部分が、流奈の笑い声でかき消される。 「ふふ……聞こえなかったら秘密。果歩にもいい薬だから」 「もう〜っ、なんなのよ、りょう」 りょうのことが心配だから駆けつけたのに、それは全く不要だったらしい。むしろ、普段より楽しげなりょうは、さくさくと板前並みの手さばきで、肴やら前菜やらを仕上げている。 「いつも思うけど、本当に料理上手いよね、りょう」 その料理に、いつもお世話になっている果歩である。 本当に灰谷市役所の七不思議だ。こんな完璧なりょうが、とことん男運が悪いなんて―― 。しかも晃司みたいな二股男にひっかかりかけているとは―― やはり、ここは、どう言葉を尽くしても説得すべきだろう。 「うちが、本業だからね」 溶き卵をかき混ぜながらりょうが呟いた。 「え?」 「旅館、やってるのよ」 「…………」 長い付き合いになるが、正真正銘初めて耳にしたりょうの実家……。 なになに? じゃありょうは、将来旅館の女将なわけ? なんかこう、似合いすぎて怖いっていうか……。 「…………」 ―― そんなはず、ないか。 だとしたら、市役所でがつがつ働いてるわけがない。 「……私には、必要ないかな」 野菜を皿に盛りつけながら、果歩は言った。 「何が?」 「香水。……高価なものだったら悪いから返すね。……彼にそんな気はないみたいだし、今はそれでいいかなって思ってるから」 「……そ」 りょうは微笑して、果歩の背中を軽く叩いた。「何かあった?」 「何って?」 「年が明けただけで、2人の雰囲気が変わった気がしたから」 「そ、そう?」少しドギマギしている果歩である。 「果歩が幸せなら、私はなんだっていいのよ」 「…………」 「まだ藤堂君を、本当の意味で信用してるわけじゃないけどね」 うん……。 ありがと、りょう。 こんな至らない友達ですが、今年もよろしくお願いします。 そして神様、どうかりょうも幸せにしてあげてください。晃司みたいな二股男ではなく、誠実で素敵な恋人が、りょうに現れますように―― 。 |
>>next >>contents |