「じゃ、あれから女子高生は大人しいままなんですか」 水原の余計な問いに、晃司はみるからに不機嫌そうに頷いた。 「まぁな、そういう意味では宮沢さんに感謝だよ」 土曜日の午後。乃々子と水原、果歩と晃司、流奈と宇佐美の6人は、繁華街のデハート前で待ち合わせて、さほど離れていない映画館に赴いた。 まだ、開演時間には間があって、6人はスクリーン前のフロアでドリンクを飲みながら時間を潰している。 ――しかし、おかしな組み合わせだなぁ……。 果歩的には、そう思わずにはいられない。 水原と乃々子は、まだ判る―― というより、今日は、この2人がメインである。 宇佐美と自分も―― まぁ、判らないこともない。 「わぁ、普段着の果歩さんも素敵やなぁ、ま、ますます、好きになりました!」 なんて可愛いんだろう。家で飼いたいペットみたいだ。 しかし、晃司と流奈はなんなんだろう。晃司の彼女は別にいるし、流奈のお目当ては藤堂さんだし―― なんだって、わざわざ休みを潰してこの面子にくっついてきたのか。 確かに最近の流奈は乃々子と仲良くしてるし、その関係かもしれないけど。…… 晃司に関しては、全く謎だ。 「しかし、人事部の宮沢さんと言ったら……」 水原が、感嘆したように話を続けた。 「女性初の局長級は確実どころか、いずれ、灰谷市の伝説になる人物ですよ。あんな人が前園さんのためにひと肌脱ぐなんて、僕の感覚からいえば信じられないのですが……」 まぁ、的場さんと友達だというのも、少し信じ難いのですが。と、余計なことばかり言う若者はそう締めくくった。 「うるせぇよ。なんかこう、……引くに引けないっていうか、色々なことがあったんだよ、あの人とは」 晃司が、妙に言い訳がましく見えるのは気のせいだろうか。果歩はやや、疑心の目で、そんな晃司を見つめている。 (たまたま一緒になったバーで、とんでもなく酔っ払わせちゃったのよ。まぁ、私の責任なんでしょうね、ほら、私枠だから、大抵の男が一緒に飲むと潰れちゃうじゃない) 枠、というのは、酒豪の最大級の表現だという……。 網目すらない、枠。 そして、りょうの言う大抵の男たちは、類に漏れず、りょうを落とそうとして、終わりなき戦いに挑んだのである。まさに終わりのない……そして死屍累々の結末が待っている。 まさか、晃司もその戦いに?? そう思うと、ますます晃司が信じられなくなる果歩である。が、りょうは、その点に関しては一蹴した。 (そんな下心が感じられるような相手だったら、部屋まで連れて帰りゃしないわよ。どこに住んでるかもわかんないし、今にも吐きそうなくらい気分悪そうだったし、タクシーの運ちゃんに拒否されて、仕方なく私の部屋に連れて帰ったのよ) その後どうなったのか? 翌日、りょうが忘れ物の携帯を届けに13階に上がってきた時、晃司はまるで生霊のように精彩をなくしていた。むろん、果歩はその夜のことを根掘り葉掘り訊いている。 (何かしでかしそうな程度の酔いだったら、当たり前だけど、放っておくわよ。あの夜は、最悪、救急車を覚悟したくらいだからね。でも、トイレで吐くだけ吐いたら後は熟睡。まぁ、……そうね、最低の夜だったわね。私にとってというより、次の日、記憶の戻った彼にとって) にしては、晃司の憔悴ぶりがハンパなさすぎるような気がしなくもない。 りょうが嘘をつくとは思えないが、本当にそれだけだったのだろうか。 「本当につきおうとるわけやないんですか?」 と、いきなり果歩の回想に、宇佐美の声が割って入った。 「は、誰と」 相当不機嫌そうに、晃司が答える。 「そやから、あのごっつい美人はんとですよ。いやぁ、あの子、長妻真央ちゃんのことやけど、ちょっと可哀想やったから」 ああ……と、果歩はその言葉の意味を理解した。あの夜、長妻真央を送ったのは宇佐美なのである。 「ほんまに前園さんのこと、好きやったみたいですよ。確かにちょっと強引なとこあるけど、根はええ子や思うけどなぁ」 「じゃ、お前がつきあえば」 本当に性格の悪い奴……果歩がきっと晃司を睨むと、その視線に気づいたのか、晃司が慌てて背筋を伸ばすのが判った。 「ま、まぁ、俺の年考えろよ。女子高生なんて……無理だよ。そもそも何喋ってるかも理解できないし」 「年なんて!」 何故か宇佐美は、必要以上に言葉にも眼差しにも力をこめた。 「全然関係あらしまへんよ!」 「その通りよ!」 果歩も、そこは力をこめて相槌を打っている。4歳の年の差なんて……いや、今は5歳だけど……くっ、気にしちゃいられないわよ。 「か、果歩さん?」 何故かぱっと赤くなった宇佐美を訝しみながら、果歩は晃司に向きなおった。 「年を言い訳にするのはよくないよ。あんな卑怯な真似しないで、ちゃんと真央ちゃんと話しあったら?」 「わぁ、的場さん、まるで恋に余裕がある先生みたいですね」 うっと言葉に詰まった晃司に代わり、流奈がそこで余計な口を出してきた。 「そんなことが言えるくらいだから、プライベート、かなーり上手くいってるんでしょうね」 「いって……るかどうかは、別として、よ」 ――くっ、また答えにくいことを……。 「本当に宮沢さんとつきあってるならともかく、そうじゃないなら、そんな嘘はよくないってことよ」 「僕もそう思います」 真面目な目で宇佐美。 「あのなぁ、他人事だと思って……」 「そうですよ、余計なお世話ですよ」 何故か徒党を組む晃司と流奈に、向かい合う果歩と宇佐美という構図。 「まぁ、まぁ、いいじゃないですか、もう」 水原が、さすがに辟易したように口を挟んだ。 「そろそろ映画が始まりますよ。行きましょうか、百瀬さん」 お、なかなかスマートというか……。 意外にエスコート慣れした水原の態度に、果歩はひそかに感心している。 「そういえば、今日は南原さんは?」 ふと、その水原の隣にいつもいるはずの人を思い出し、果歩はなんの気なしに訊いていた。水原は、ああ……と言うような目になった。 「真っ先に誘ったんですけど、デートだからって断られたんですよ」 「えっ、本当に?」 あの南原さんに?? と、失礼だが、やや驚きを隠せない果歩である。 「合コンで意気投合したって言ってましたから……、まぁ、本当なんじゃないですかね」 「お前知らないの? 南原さんって合コンじゃひっぱりダコっつーか、意外にモテキャラなんだぜ」 すでに人前でお前呼ばわりしてはばからない元彼を、果歩は再び睨みつけていた。 「……本当に?」 頷いたのは、水原だった。 「盛り上げ役ですからね。―― 南原さん背も高いし話も面白いから、最初は脇役でも、結局最後は地味に主役になっちゃってるんですよ」 へぇ……。 そこは、流奈と顔を見合わせている果歩である。知らなかった、意外というか、なんというか……。 「逆に南原さんのほうが、あまり女の子に興味ないみたいなんですよ。騒ぐだけ騒いだら、あとはバイバイみたいな……結構、内面が冷めてる人ですからね、ああ見えて」 「ふぅん……」 それはもしかして、隣のシーズーに片思いしてるから……いやいや、自分、その発想からいい加減抜けださなくちゃ。 「水原君」と、いきなり口を挟んだのは乃々子だった。君―― ? ややびっくりしている果歩だが、そうか、特段驚くようなことでもない。 「私、少し電話したいところがあるんで、先に行っててもらえますか」 「あ、待ってますよ。まだ時間あるし」 乃々子は、ぺこりと頭を下げて、少し急いだ足取りで、フロアの人気のない方角へ歩いて行った。 そうだよね、よく考えたら、乃々子は水原君より年上なんだっけ。 乃々子はいつも初々しいし、水原は逆にふてぶてしいからすっかり忘れていた。 背丈はほぼ同じで―― 2人とも、果歩が逆立ちしても敵わない高学歴の持ち主である。見た目と違って体育会系であることが発覚した水原だが、2人の趣味はそれなりに合うらしく、映画や小説の話でもりあがっている。 まぁ、あり得ないと思ってたけど、そこそこいい感じなのかな。 それだけは、今日来た甲斐があったと思いながら、果歩も買ったばかりのパンフを持って立ち上がった。 ************************* ――10時かぁ……。 果歩はちらっと腕時計を見た。門限を1時間オーバーしている。りょうが電話してくれたからいいようなものの、正直言えばとっとと帰ってしまいたい。 昨日のこともあるしなぁ。 結局はタクシー運転手の誤解だったようなのだが、果歩的には相当怖いひと時だった。もうタクシーには乗りたくないし……とはいえ、バス停から家までは結構な距離があるから、いずれにしても、あまり遅くはなりたくない。 ―― が。 とてもじゃないが、帰れるような雰囲気ではなかった。 というより、年末のデジャヴを見ているような気がするのは、気のせいだろうか? ジョッキをいくつも空けて、完全に酔っ払っている流奈と乃々子……まさか水原がそこまで―― 酔い潰れた女に手を出すほど、品性のない男だとは思えないが、放ってはおけない雰囲気である。 8時が門限だという宇佐美は後ろ髪を引かれるように早々に退席し、今思えば、それが果歩にとっても最後のチャンスだったのかもしれなかった。 帰るタイミングを逸した代償は、とんでもなく大きい。 「しかし、百瀬さんって意外な顔もってんだな」 果歩の隣で、しみじみ呆れながら晃司が呟いた。 「あんなに酒飲みとは……しかも須藤と意気投合なんて、ちょっと信じられないな」 「いつもは、そんなんじゃないんだけど」 果歩的には、そんな乃々子を見たのは年末に次いで2度目である。 合コンの席でも、女子会の席でも、いつも控え目で、お酒なんて殆ど飲めません状態だったのに……。 「お前と藤堂のせいじゃねぇの」 「ばっ、ち、違うわよ」 ……多分。 だって乃々子の私への態度はいつも通りだし……本当にそうなら、私だったら、ライバル相手にあんな大人な態度は取れない。 だからこそ、最近の乃々子の態度は、果歩にはいまひとつ謎なのだ。 「どっか行かない」 晃司が、不意に低い声で言った。 「え?」 「……2人で」 「…………」 え? なにそれ、どういう意味? 「あの2人は、水原に任せとけばいいじゃん」 振り仰いだ晃司の眼差しに、どこか暗い影が揺れている。果歩は、久しぶりに恐ろしさとか驚き以外の理由でドキッとしていた。 「……俺さ」 なに……? 「ずっと、言えなかったことがあるんだけど」 「的場さーん!!」 甲高い声が、いきなり2人の世界に割って入った。 果歩はぎょっとして持っていたグラスを落としそうになっている。と、この刹那、それくらい緊張していた自分に驚きもしていた。―― 叫んだのは流奈である。 「ちょっとちょっとー、今、聞いちゃったんですけどー」 ついで、声をあげたのは乃々子である。 2人の酔っ払いに挟まれた水原は、完全に縮こまっている。ああ、これで百年の恋も冷めなきゃいいけど、と、果歩はおそるおそるハイテンションの乃々子に向きなおる。 「なに、乃々子」 「的場さんの元彼ってー」 ドキッとしていた。 隣の晃司が、自分の膝の上で拳を握ったのが判ったから、動揺したのは彼も同じなのだろう。 「あははは」と、いきなり乃々子は笑いだした。……意味不明だ。果歩は、ややほっとした目で晃司を見上げている。 「的場さんの元カレって、若い頃のオーランドブルームを縦に伸ばした感じの人ってホントなんですかぁ?」 なんじゃ、それ。 さっぱりした顔立ちの晃司がオーランドブルームって、似ても似つかないっつーか。 が、次の瞬間、果歩は凍りついていた。それが、誰のことを指しているか判ったからだ。その表現は、果歩的には全然違う。でも―― 。 「縦伸ばしってなんなんですかね。それって180センチのオーリー様を舐めてません?」 「てか、ありえないですよねぇ、そんな人が的場さんの彼氏なんて」 ――流奈……。 どこからそんな話を聞いたんだろう。 数年前なら、彼の顔を知っている人はいくらでもいた。でも。 今となっては、当時のことを喧伝する人は誰もいない。当たり前だが、果歩のことを慮ってのことではない。真鍋市長の耳にそんな噂が届いたら、大変なことになるからだ。 胸が、ドキドキいっている。そうか、……今、役所ではある意味当時のことが蒸し返されている―― そう言ってもおかしくない状況だったのだ。 「あー、須藤、帰ろうぜ」 晃司が即座に立ちあがってくれた。 「俺、須藤送ってくよ。水原」と、半ば死んだように押し黙っている水原に即座に指示。「お前、的場さんと家近いだろ、タクシーで先に降ろしてやって。百瀬さんもきちっと家まで送ってやれよ」 「は、はい」 おどおどしながらも、ようやく水原も我に返ったように立ち上がる。 果歩は、ようやくほっとしていた。心配していた帰りのことも、どうやら1人ではなさそうだ。 「晃司、……ありがと」 「いいよ。俺だって聞きたくないから」 晃司はそれだけ言うと、心底疲れたように、半ば潰れている流奈の腕を引っ張り上げた。 ************************* 「ごめんなさい……とんでもない迷惑、かけちゃって……」 乃々子は、気の毒なほど萎れていた。 他のどこでもない、的場家―― 果歩の部屋である。 結局、正体もないほど酔っ払った乃々子を放ってはおけず―― というより、どこか頼りなく見えた水原に任せるのが心もとなくて、果歩自身が自分の部屋にお持ち帰りしてしまった。 当然両親はびっくりして、父の憲介などは、あからさまに果歩を責めていたが仕方がない。しばらく横になっていた乃々子は、が、割とすぐに正気を取り戻し、家に連絡を入れたようだった。それが11時をとうに過ぎた時間だったから、結局、今夜はこのまま泊らせることにした。 互いにコンタクト同士である。 「わぁ、的場さんって結構度がきついの掛けてるんですね」と言われて内心傷つきはしたものの、化粧で顔を作っているのはお互い様。なんだか気楽に素顔になって、果歩はベッド、乃々子は下に敷いた布団に横になった。 少し下から、乃々子が大きな目で見上げている。 「なに……人の顔、じろじろみて」 「的場さん……可愛いから」 はい? 果歩が目を丸くすると、乃々子は照れたような微笑を浮かべた。 「好みもあるかもだけど、私は素顔の方が好きだなぁ……、幼くて、ちょっと無防備な感じがしますね」 「そ、そう?」 なんだ乃々子、まだ酔っ払ってるのかな。 「今のが本当の的場さんかな。そういう顔、藤堂さんにも見せればいいのに」 「……そ、それはどうかな」 ある意味、最悪の状況を見られはしたけど。ひきつり笑いを浮かべる果歩である。 「職場だと、的場さんすごく大人に見えるから……最初そうだったんですけど、話しかける隙みたいなものが、なかなか見つからないんですよね。藤堂さん落ち着いて見えるけど、男の人としては年相応すぎるくらいだから……」 乃々子はそこで、言葉を切った。 「と、いうより、あの年にしては少し奥手すぎるのかな。……あまり女性に慣れていない感じ」 初心だと思っていた乃々子の思わぬ分析力に、声も出ない果歩である。 「な、慣れてないのかな」 果歩は、言葉を選びつつ、訊いている。 「逆に、すごく慣れてると思うこともあるけど」 「……落ち着いてはいますよね。ただそれ、彼の地の性格だって気もしますけど、経験値如何じゃなくて」 いつだったか、あまりに藤堂のキスが上手かったので「慣れてらっしゃるんですね」と訊いたことがある。その時、彼はどう答えただろう。「いえ……いつも、いっぱいいっぱいです」そうだ、そんな風に……答えてくれた。 「これ、須藤さんの受け売りなんですけど、もしかして藤堂さん、女性に対して潜在的に罪悪感を持っているんじゃないですかね」 「……罪悪感?」 「もしくは嫌悪感……ちょっと嫌な言い方ですけど、そうも言ってたかな。何か心の深い部分で、女性を敬遠してるっていうか、ものすごくブレーキをかけてる人じゃないかって」 「……どういう意味?」 「言ってる須藤さんも、意味は判ってなかったみたい。ただ、あり得ないって言ってましたよ。だって……、ちょっと嫌な話になりますけど、怒りません? 的場さん」 「……多分」 怒らないですむことを、実は果歩が一番願っている。 「須藤さん曰く、ですよ。目の前で裸になっても無反応なんですって」 「……………」 「その……一度、ベッドにもぐりこんだことがあったんですって。彼女、合いカギ持ってたでしょ。あ、私は知らなかったんだけど、的場さんは知ってるって」 知ってますよ、知ってはいるけど―― 。 果歩はもう眩暈がして、貧血を起こしそうになっている。 「とんでもなく驚かれはしたそうですけど、結局、冷静に拒否されたそうですよ。というか、ひどい言い方したらまるっきり無反応で、あまりに悔しくてその日は泣いちゃったんだって……」 この場合、どう反応していいか全く判らない果歩だった。 女として最大の屈辱を味わったであろう流奈―― し、しかし、そんなことまでしていたなんて! 「もしかして、あっち系の人かと、一時期は本気で疑ってたって。もちろん違いますよね。的場さんはもう知ってると思うけど」 知っていると……言ってもいいのだろうか、本当に。 ただ、匂いと誘惑に極端に弱い犬だとしか……。 なんだか、よく判らなくなってきた。自分の知っている藤堂さんと、流奈と乃々子が語る彼には、相当の乖離がある。 が、これだけ両想いに限りなく近い立場にありながら、4月まで待てという藤堂の律儀さは、果歩には確かに謎だった。 もし、そこに何か事情があったとしても、……それでも、普通の男なら……彼のような選択はしないだろう。 少なくとも、果歩だったらしない。先のことなんて考えずに―― なんて言ったらりょうに張り飛ばされそうだけど、好きな人の全てを知りたいと、まずはそう願うだろう。今も、実際そう思っている。 もし、また藤堂さんを失ったら―― 怖いけど、身がすくむようだけど、それ以上に、今は彼の全部が欲しい。人を好きになるというのはそういうものだ。 何かが彼にブレーキをかけている。それは……想像もしていなかったけど、彼の心の問題だった……? 「……的場さん?」 「え、あ―― お、怒ってないよ。と、藤堂さんに罪はないし、もう終わったことだから」 ははは、と果歩は乾いた笑いを漏らしている。 まぁ、終わったことかどうかは微妙だな。鍵を変えたかどうか、明日藤堂さんに電話して確認しとこう。 乃々子が、くすりと笑う気配がした。 「藤堂さんは、心配ないですよ」 「……え?」 「藤堂さんは、的場さんが好きですよ。そんなの、誰が見たって判りますから」 「…………」 「ごめんなさい、報告するのが遅れて。……私、もうきっぱり諦めたんです。だからもう、私に気を使ってくれなくてもいいですから」 乃々子―― 。 「この間、家まで送ってもらって、……その時、色々話も聞いてもらって、それで本当にすっきりしました。本当ですよ。だから私の前では、気にせずラブラブしてください」 果歩は何も言えないまま、ただ天井を見上げている。 「ただ、人間的には今でもすごく好きだし、やっぱり憧れの人ですから」 乃々子は明るい声で後を継いだ。 「だから、的場さんが彼にひどいことしたら、私が横からかすめとっちゃいますよ。そこのところは、前と変わってませんから」 「そんな、まさか」 「本当ですよ……私から見ると、すごく歯がゆいことしてるように見えるから……的場さん」 歯がゆい。……私が。 歯がゆい、か。 自分の抱いている闇に、果歩はようやく気がついていた。そうだったな、問題は、藤堂さんだけじゃなかった。私も―― 。 「乃々子……明日、暇?」 「え、暇ですけど」 「オーランドブルーム……」 果歩は思わず呟いている。 「映画ですか? オーランドブルーム、何かに出てたっけなぁ。あるんならつきあってもいいですけど」 「…………」 果歩は乃々子の顔をまじまじとのぞきこんだ。素面である。 「もしかして、飲みの席の話、全然覚えてない?」 「えっ」 乃々子の顔が、みるみる赤く染まった。 「すっ、すみませんっ、前半まではなんとか……私、酔うと全く記憶が飛んじゃうタイプみたいで」 ――そっか……。 まぁ、それならそれで、逆にいいのかもしれない。 果歩は半身を起こして、部屋の照明を落とした。 「実はさ、明日……昔の知り合いのお葬式なんだ」 「……明日、ですか」 「うん……知り合いっていっても、そんなに親しくはなかったんだけど」 「へぇ……」 「ついてきてくれる?」 闇の中、乃々子が訝しげな顔をするのが判った。 「そりゃ……いいですけど」 「ごめん……子供みたいなこと言ってるね」 「ううん、そんなことないですけど」 それでも、やはり乃々子は躊躇っているようだった。 「余計なおせっかいかもしれませんけど、私より、藤堂さんに頼んだらどうですか」 「忙しいんだって。それに、今考えたら、やっぱり乃々子のほうがいいと思うから」 「…………」 「その人が生きてらした頃、私、ものすごく嫌われてたんだよね。行っても迷惑になるって判ってたからずっと迷ってたけど―― やっぱり、最期くらいきちんと挨拶しておきたくて」 「そうですか……」 乃々子は本能的に、果歩があまり深く話したくないことを察してくれたようだった。 「いいですよ。いったん家に帰ってからになりますけど、何時ですか」 「10時、……中区の光真会館」 そこまで言えば、乃々子もいずれは気づくだろう。果歩にしてみれば、りょう以外で初めて……他人に自分の内面を明かしてもいいと思えた瞬間だった。 「了解です。じゃ、現地集合でいいですか」 「ありがとう」 果歩はようやくほっとして目を閉じた。 もっと、恐れていることは根源的に胸の底で眠っている。 ただ、果歩は知っていた。 その恐怖を乗り越えないと……藤堂さんと本当の意味で向き合えないのは、もしかすると私自身なのかもしれない。 |
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