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年下の上司 story15〜FeburuaryA

こんにちは赤ちゃん、あなたがパパよ(最終話)



――――――――――――

 また……あの日の夢を見ている。
 
「ほら、おいでになられたわ」
「あれが二宮家の御兄弟……。ご覧なさいな、修哉様のお美しいこと。どんな女性も、あの方の前では霞むようではございませんか」
「瑛士様も、随分凛々しくていらっしゃるわ。まだ中学生だというけれど、これまた将来が楽しみではございません?」
 毎年初夏に行われる、二宮家主催のガーデンパーティ。
 二宮家の広い庭園を解放し、季節の食事と音楽を楽しむ宴である。
 この日のために特別に用意された料理と、ウィーンから招致したというオーケストラ。
 来客は、殆どが会社経営者や政治家などの富裕層で、有名モデルや女優なども混じっている。
 その年、瑛士は13歳になっていた。
 この屋敷に引き取られてから丸3年。いまだ2歳年上の義兄に、何をやっても敵わない立場にあまんじている。
 その修哉は15歳。その年、高校2年生になっていた。
「皆さま、今日はようこそおいでくださいました。ささやかな催しではございますが、どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」
 夏の盛りだというのに、一部の隙もない正装に身を包んだ修哉が、あたかも自身が主催者であるかのような優雅な挨拶を述べると、「きゃあっ」とあちらこちらで女性達の歓声が――そして感嘆の溜息が聞こえてきた。
 身長は170センチに満たないほどか。相変わらず華奢な体格を維持したままの修哉だが、その美貌は年と共に冴えわたり、実際、瑛士ですら、間近で見るのが恐ろしくなるほどだった。
 切れ長の黒い瞳。濃い睫は女性のように長く、鼻筋は精巧な細工もののように美しい。
 乳白色の肌に、珊瑚の唇。一体どうして、こうも完璧な造詣を持つ人間が存在しているのか――。
 その修哉が、いかにも上機嫌に微笑して挨拶をするものだから、女性達はただ、溜息をつくしかない。
 見事なものだと――内心瑛士は、冷めた目で義兄のそんな姿を見つめていた。
 普段、冷淡なほど素っ気ない修哉は、こういったパーティの席では別人のような闊達さを見せる。
 意外なほど精力的に、財界人に自身の存在をアピールして回っている。あたかも、自身こそがこの家の正当な跡継ぎだと言わんばかりに。
「相変わらず、自覚のない男だな」
 その修哉が、ふと気づいたように、所在なくテーブルの隅に佇む瑛士を振り返った。
「パーティが苦手か。人と話すのが得意ではないか。そして、自分をアピールすることをどこかでみっともないと思っている。どうだ、図星だろう?」
 2人が兄弟になってから今年で3年。
 互いが互いを、心の底から憎み合っていることは、もう双方がわきまえている。
「ええ、その通りですよ」
 否定せずに瑛士は言った。
「僕には、兄さんのような器用な真似はできません。それに、ありのままの自分が受け入れられないなら、それでいいと思っていますから」
「ほう、随分とずけずけものを言うようになったじゃないか」
 瑛士を見る修哉の目に、はっきりとした侮蔑の笑みが滲み出た。
 思えば、あの衝撃の夜から2年近く、別棟とはいえ、同じ敷地に住む2人は、あたかも互いを黙殺しあうようにして暮らしてきた。
 こんな風に向き合うのは――もしかすると、あの夜以来かもしれない。
「では訊くが、瑛士。自分でも判らない自分のことが、他人に簡単に伝わると思うか」
 何故か、一番嫌な部分を突かれた気がして、瑛士は無言で眉を寄せた。
 冷笑した修哉は腕を組み、美しい目で挑発的に瑛士を見上げた。
「あれほどお父様に目を掛けられているのに、お前は何も学んでいないようだな。他人にどう見られるかは問題ではない。俺たちの立場では、どう見せるかが重要なのだ」
「言われていることは、僕には、同じ意味のように思えますが」
「自分の殻を破るか、人にその選択を委ねるか、だ。子供だな、瑛士。それだからお前は駄目なんだ」
「これはこれは、二宮様。こちらにおいでになられましたか!」
 その時、大きな男の声が、二人の会話に割って入った。
 瑛士が視線を向けると、恰幅のいい背広姿の男と彼の連れらしい数人の男女がずらりと居並んで立っている。
「私、灰谷市を拠点としております、三環自動車社長、入江省吾でございます。こちらは妻の紗枝、そして娘の耀子にございます」
 すらっとした背丈の少女が前に出て、さも緊張した動作でぎこちなく一礼した。
「はじめまして、修哉様、瑛士様。お目にかかれて光栄にございます。い、入江耀子と申します」
「どうでしょう。私ども自慢の娘です。年はまだ10を超えたばかりですが」
「申し訳ありませんが」
 上機嫌に娘をプッシュする自動車会社社長を、修哉は冷淡に遮った。
「今、僕らは大切な話をしていたところなんです。挨拶なら、どうぞ、あちらの父の方に」
 へどもどしながら去っていく一団を見送りながら、「なりあがりの田舎者が」と、修哉はさもいまいましげに吐き捨てた。
「あれは、お前の花嫁候補にするつもりで連れてきたんだろうな。灰谷市なんて田舎の娘は、お前には丁度いい相手じゃないか」
「僕より、兄さんの方ではないのですか」
 瑛士は冷静に切り返した。
「灰谷市は、確か兄さんの実母のご実家がある都市なのでは? 生憎そちらのご親族は、一度もこちらに来られたことはありませんが」
「だとしても、俺にはもう香夜がいる」
 瑛士の渾身の皮肉を、あっさりと修哉はスルーした。
 脩哉の母親は、確かにすでに亡くなっていたが、父親が喜彦ではないというのは、香夜がその場でついた大嘘だった。
 以来、瑛士は香夜を最大限に警戒するようになったが、それでも何度かに一度は嘘を見破れず、痛い目にあっている。
(あいつは天性の嘘つきだ。嘘をいつのまにか自分の中で本当にして、涙ながらに他人を巻き込んでしまうところがある。だから、性質が悪いんだよ)
 とは、兄の帝の弁だが、今は瑛士も心からそう思っている。
 しかし今、脩哉のその言葉に、瑛士はわずかな驚きを感じていた。
 ――俺にはもう香夜がいる。
 この家に来て3年、確かに香夜はずっと義兄の婚約者だったが、15歳になった今でもなお、2人の素振りに男女の気配は微塵も感じられなかったからだ。
 もちろん、香夜の気持ちは一貫して変わらない。あの頃より一層深く、修哉に恋焦がれているように、瑛士には思える。むしろ、その一途さが気の毒に思えるほどに――。
「兄さんは、本当に香夜さんと結婚されるつもりなのですか」
「先のことなど判るものか」
 愚問だと言わんばかりに、修哉は怒りを帯びた笑みを浮かべた。
「どうしてそんな無意味なことを俺に聞く? お前が香夜に関心を持っているからか? 奪いたいなら奪えばいい。今は香夜が、俺の定められた相手だという、それだけの意味しかない」
「そういう言い方は、香夜さんに失礼だ」
 何故かムキになるものを感じ、瑛士は感情的に言い返していた。
「彼女に対しては、友情以外の感情は何も持ってはいませんよ。香夜さんと婚約しているという自覚があるなら、もう少しあの人の気持ちを考えてあげたらどうですか」
「俺に指図するな!」
 低く押し殺した声だったが、凄まじい怒りのこもった眼光で睨まれ、瑛士は言葉を失っていた。
「お前は所詮、俺の代役に過ぎないことを忘れるな。せいぜい祈っているがいい、この俺が、お前より早く死ぬことをな」
 激しい葛藤と反論が喉を焼く熱さで込み上げる。が、それでも瑛士は何も言えず、ただ恐ろしいほど整った男の顔を見つめ続けた。
 修哉という人に、どうしても敵わないと感じるのはこんな時だ。
 人間としての存在感、格付けのような部分で、もう2人の序列は完全に決まっていて、それはこれから何をしても、絶対に逆転できないような気がする。
「修哉さん、こちらへいらっしゃいな」
 その時、おっとりとした女の声が、睨みあう2人の間に割って入った。
 瑛士が振り返ると、艶やかな着物をまとった人が、少し離れた人の輪から、ゆっくりと手招きしているところだった。
「はい、お母様」
 たちまち双眸から険しさを消し去ると、修哉は驚くほど素直に頷き、すぐに瑛士の傍を離れて行った。
 お母様とは、修哉にとっては継母で、瑛士にとっては、義理の母に当たる人である。
「修哉さん。皆が、あなたを紹介してくれと言ってきかないの。少しの間だけでも話相手になってやってくれないかしら」
 いかにも愛おしそうに修哉を見上げる夫人と、瑛士は全くと言っていいほど会話を交わしたことがない。
 父は豊原自動車の創設者。母は旧華族の血を引いているという女性である。生粋のお嬢様だけあって、決してあからさまな敵意を顔に出したりはしないが、瑛士がこの屋敷に引き取られてからずっと、彼女は硬くなに瑛士の存在を受け入れず、どのような場面でも黙殺しているようであった。
 瑛士は無言で、夫人の隣で犬みたいに静かに佇んでいる修哉を見つめた。
 ――何もかも持っている……。
 恵まれた環境、両親の愛情、完璧以上の容姿と才能。
 頭脳は言うに及ばず、身体が弱いとはいえ、スポーツも万能だ。
 未だ瑛士は、どの分野においても義兄に勝てたことがない。
 堅牢な高見から、口元に侮蔑の冷笑を浮かべて瑛士を見下ろしている男――それが修哉という存在なのだ。
 見ていろ。
 自分の水底に潜む、暗くて冷たい感情の欠片。それは何年か前、修哉によって無理矢理引きずり出されたものである。
 今、瑛士は、その感情を隠そうともせず、ただ、じっと修哉を見ていた。
 見ていろ――いつか、必ず、追い抜いてやる。
 
 
 
 はっと、薄闇の中で、藤堂は眼を開けていた。
 あれから14年が過ぎた。さすがに過去の記憶は、少しずつだが曖昧になってきている。
 その中にあって、13歳のガーデンパーティの日だけが、嫌に鮮明に蘇るのは何故だろう。
 そうだ、この後「瑛士」は、生涯忘れられないほど嫌な光景を目にしたのだ。
 それは二度と思い出したくもない、不可思議で残酷で、そして寂しい光景だった。
 でも――、それはなんだったのだろう。
 夢を見る度に思い出しかけては消えていく。
 ガーデンパーティの夢は何度も見たが、ここから先の場面は、どうしてだか一度も出てきたことがない。
 まるで、そこから先の映像を、意図的に削除してしまったかのように。
 自分の記憶の中に、自らが作った空白があることを、藤堂はようやく理解していた。
  
 
 *************************
 
「ごめん、こんな時間に」
「……ん、起きてたからいいよ。どした?」
 携帯を耳に当てたままで半身を起こし、りょうは、腹ばいになって煙草を唇に挟みこんだ。
 他人の部屋だから火はつけない。こうしているだけで落ち着くからだ。
「明日、暇?」
「果歩が誘ってくれるなら、暇にしとくよ」
 りょうは微笑して、ベッドの隅に身体を寄せた。「で、何?」
 隣からは、規則正しい寝息が聞こえる。見慣れない景色と、他人の部屋の匂い。天井に据え付けられた味も素っ気もない照明を見上げながら、りょうは不思議な感慨に囚われていた。
 この天井を、果歩も多分見てるんだろうなぁ。
 果歩のことだから、あの照明の裏まで綺麗に掃除したんだろう。私には絶対無理だけど。
 どうでもいいけど、これってどういう人生の皮肉だろう。
「ちょっと……話がしたくてさ」
 果歩の声の合間から、車のクラクションの音がした。
 りょうは眉をわずかにあげて、枕元の腕時計を見る。深夜11時――何やってんだか、私も果歩も。
「なんの話?」
「決選は金曜日」
「はい?」
「そんな歌、結構前だけど流行らなかった? 女の戦いは金曜日、みたいなさ」
「……? あったっけ。週末に気合いいれて、狙いをつけた男を落とすってあれ?」
「……そんな内容だったっけ」
 今度は果歩のトーンが下がる。りょうは首をかしげていた。「それが、何か?」
「あのさ。鬼龍院花子の生涯って観た?」
「……はい?」
 果歩が突拍子のない電話を掛けてきたのは、今日が初めてではないが、今夜は、本気で意味が判らない。
「昔の日本映画でさ。極道の養女になったヒロインが、色々あった挙句一般人の男性と結婚するんだけど」
 それから延々10分、りょうは、これっぽっちも興味がない映画の説明を聞く羽目になった。
「でね。結局最後はだんなさんが死んじゃってね。遺骨はだんなさんの実家に取られちゃうの。で、ラストは、ヒロインが1人でだんなさんのお葬式に乗り込んでいくんだけどさ」
 ――なめたらいかんぜよ。
 思い出した。
 亡夫の親族に罵倒されるヒロインが、最後の最後になって極道の娘という立場を肯定し、啖呵をきる名シーン。
 でも、それに何の意味が?
「……うん。まぁ、そんな映画もあったよね。それで?」
 りょうが眠気を堪えて切り返すと、何故だか数秒の沈黙があった。
「二代目はクリスチャンって映画、知ってる?」
 ――はい…………?
「いや、それは聞いたことないけど」
「えええー、ないの? 鬼龍院よりは新しいよ。まぁ、それでもかなり昔の映画だけど」
 なに? こんな夜更けに電話してきて、映画談議?
「えっとね。つかこうへいの原作で、修道院のシスターが、極道の組長と結婚しちゃう話なの。でも結婚式当日に、その組長が敵対組織の陰謀で殺されちゃうのね。思いっきりヘタレの組長だけど、その時だけはかっこよかったな。ヒロインを庇ってナイフで刺されて、ヒロインのウェディングドレスが真っ赤に染まって……」
「それで?」
 半ばうんざりしながら、髪をかきあげてりょうは続きを促した。
 気づけば、隣の人の寝息が止んでいる。
「……誰?」
 りょうは唇に指をあて、視線だけで黙って、と伝えた。
 幸いなことに、電話の向こうの果歩に、その気配は伝わってはいないようだ。
「組長が死んじゃったんで、結局、結婚したばかりのシスターが組をつぐのね。でも組長ってもシスターじゃん? 聖職者じゃん? 喧嘩なんてできないし、もちろん人殺しもできないから、敵対組織にやられっぱなしなの。組員も組員で、全員シスターを好きになっちゃったもんだから、やられてもやりかえさずに、過去の罪を悔い改めてキリスト教信者になっちゃうの」
「素敵な映画ね、それで?」
 隣で目を覚ました人が、にわかにそわそわし始めた。元カレの勘で、電話の相手に気がついたのだろう。全く――今さら焦るくらいなら、最初からよしておけばいいのに。
「でもね。それがあだになって、結局、組員の殆どが敵対組織に殺されちゃうの。生き残ったのはシスターと、ほんのわずかな側近だけ」
「ふぅん……」
 りょうは煙草を掌で頃がした。
 なんだろう。一体何が言いたいんだろう。
「ところが、そこからが圧巻なのよ。それまで虫も殺せなかった優しいシスターが、大切な組員を殺された悲しさから、父親譲りの極道の血に目覚めるの。そして側近2人を連れて、命がけの殴りこみよ!」
「…………」
 どうでもいいけど、シスターにいつ極道の父親が? 
 知らなかった。果歩って極道ものが好きだったのね。長いつきあいになるけど初めて知ったわ。
「よく判らないけど、目茶苦茶な話ね」
「そう? きっと端折って説明してるからじゃない? ほんっとあれは圧巻だった。それまで、苛々するほど大人しくて優しいシスターがさ。日本刀構えて、啖呵きるシーン。もうスカッとするっていうか、それまでの苛々全部がぶっとんじゃうっていうか」
「今度、機会があったら観てみるわよ」
 りょうが答えると、電話の向こうから、わずかな沈黙が返って来た。
「……りょう」
「はい」
「ついてきてくれる?」
「どこに?」
「殴りこみに」
「…………」
「……啖呵は、多分切れないけど……取り戻したいものがあるから」
「…………」
 りょうは長い息を吐き、仰向けになって天井を見上げた。
「すごく長い前振りだったわね」
「ごめん……切り出すのに、少し勇気がいったから」
 場所は……と、控え目に切り出した果歩を、りょうは素早く遮った。
「いい。もう知ってるから。ちょっとこっちも訳ありでね。藤堂君の素性なら、わかる範囲で、全部調べさせてもらったのよ」
「……どういうこと?」
「少なくとも、果歩が心配する理由じゃないよ。結局私の誤解だったしね。――ただ、これだけは教えてあげる。極道もびっくりするほどのとんでもない相手が、果歩の殴りこみの相手かもしれない」
「…………」
「もちろん私を巻き込もうって言う以上、正当な方法で入り込む手はずはできてるんでしょ? 優等生の果歩のことだから」
「うん……できてる」
 口調は、思いの外しっかりしていた。
「そ」
 りょうは微笑して、弄んでいた煙草を傍らに置いた。
「じゃ、私に異論はなし。殴りこみっていうか、確かに決戦みたいなものかもね。がっつり装備を固めて行かなきゃ、戦う前にやられちゃうよ」
「判ってる。そのあたりは、しっかり準備していくから」
「私にも、ちょっと考えがあるから、あてにしといて」
 電話を切ったりょうは、笑いを堪えて身体を起こした。
「悪いけどこれで帰るわ。よく寝てたのに、起こしちゃってごめんね」
「いや……いっけど」
 呟いて同じように身を起こした人が、なんとも気まずい、物言いたげな目でりょうを見ている。
「勢いできちゃったけど、二度とここには来ないわよ」
 身支度をしながら、りょうは言った。
 多分、果歩の話が気になるんだろうけど、それは、悪いけど教えてあげない。
「……いや、別にこっちも、頼んでまでって感じでもねぇし」
 背後から、ややふてくされた声が返ってくる。
 りょうは噴き出しそうになっていた。
「君のテリトリーっていうのが、なんともね。まるで食べられるために巣に引き込まれた生餌みたいじゃない?」
 今度は、晃司が実際に噴き出した。
「なっ、……い、言うに事欠いて、なんつー趣味の悪い例えだよ」
「君が餌になるなら、いいってことよ」
 笑いながらりょうは言って、ハンドバッグを取り上げた。
 背後の人が、呆然としている。
「え……それ、どういう……」
「じゃあね。こっちから連絡することはないと思うけど、ひとまずバイバイ。殴りこみから、無事に生還できるかどうかは判らないけどね」
 
 
 
 いつも、助けてくれた。
 表立ってではないけれど、いつも支えになってくれた。
 今度は、きっと私の番なのだ。
 怖いけど――自信は、全然ないけれど――。
 果歩は切れた携帯電話を握り締め、ただ1人、ベンチに佇み続けていた。
 夜はすっかり更けて、ネオンの灯りも半分近くに減少している。
 ――私に、できますか、藤堂さん。
 あなたにもらった勇気や優しさを、わずかでも返すことができますか。
 果歩は顔を上げ、自分の息が白く滲む夜を見つめた。
 あなたが閉じ込められているかもしれない迷宮から、私……あなたを救ってあげることができますか……?




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