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年下の上司 story15〜FeburuaryB

ミッシングリンク(4)


「馬鹿な」
 松平帝は、驚きと落胆の声を同時に上げた。
 店への面子があるから、試着させたドレスもジュエリーも買い上げた。が、結局は全部捨てた。せっかくヒロインに仕立て上げようとした本人に、逃げられてしまったからだ。
 ――あれは……じゃあ、自前で用意したというのか?
 驚いたな。いったいいくら費やしたんだ。いやそれ以前に、平凡な公務員が、どうしてあそこまで上手く化けられる。
 もしかして、俺の調査が及ばないだけで、本当はどこぞのお嬢様だったのでは――。
「これは……美しい」
「一体どこの人たちだろう」
「ご覧なさいな、3人とも、銀幕スターのようじゃないですか」
 客人の感嘆の囁きが、帝の耳にも入ってくる。
 背後に美貌の使用人2人を引き連れているせいもあるだろうが、実際、的場果歩はお世辞抜きに美しく見えた。
 すらりとしたバランスのよい背丈に、白い肌。その肌に最も似合うジョーヌ・シトロン。シフォンをふんだんに使った柔らかなドレスは、彼女の清楚な美貌をいっそう引き立てている。
 パーティ仕様に結いあげた髪には、小さなパールがちりばめてあって、控え目ながらも髪に華やかな輝きを添えている。
 帝は、ごくりと唾を飲んだ。
 化粧で確かに女は変わるが、これは、変わりすぎじゃないのか?
 いや、そもそもどうして、彼女はこの会場に入って来られた?
 俺の渡した名刺か招待状を見せれば、ただちに俺に、連絡が入る手はずになっていたはずだ。他に、この家のセキュリティゲートをくぐる手段は――
「……的場さん」
 思わず駆け寄ろうとした帝の前に、彼女の背後に控えていた長身の男がすっと身を割りこませた。
「お嬢様に、何か」
 ――なんだ、こいつは。
 むっとした帝は、男を見上げる。
 帝を見下ろすほど上背のある男は、ぞっとするほどの美男子だった。野性的で鋭い双眸。ひきしまった浅黒い肌に、ほどよい厚みを帯びた唇。
「い、いえ……」
 何故だか妙な敗北感を覚え、帝は無様に視線を逸らした。
「つい……僕としたことが。あ、あまりに的場さんがお綺麗だったので」
 信じられない。なんてことだ。この俺が――同国の同性に、こんな敗北感を覚えるとは!
「まずは、当主にご挨拶を。それから、僕にも挨拶をさせてください」
 しかし帝は、直ぐにとりつくろった微笑を浮かべると、恭しく、市役所ご一行様に頭を下げた。
 黒服の男女2人に囲まれた的場果歩は、ぼうっとした表情で前を見ている。帝の方には見向きもしない。緊張しているのか、上がっているのか、それとも夢でも見ているのか。
 ――しかし……。
 帝は再度唾を飲んだ。本当に上手く化けている。しかも手の込んだことに、お供まで連れて乗り込むとは、一体どこまで芝居がかっているんだ?
「ありがとうございます。松平様」
 帝の前で、的場果歩のもう1人の供――黒服の女性が足をとめた。
 顔をあげた帝は、今度こそぐえっと言ってしまうところだった。
 なんという美貌!
 これほど美しい人が――女執事にあまんじているなど、この世の常識が許すだろうか??
「遅れてきた無礼をお詫びいたします。私どもが当主のご不興を買うことになりましたら、どうぞ、ご助力お願いいたします」
 あでやかに頭を下げた女性は、ついで小さな声で囁いた。
「あなたが果歩を使ってしようとしたことを、妹さんにばらされたくなかったら、いざという時は、私たちを上手く逃がしてちょうだい」
「………」
「頼んだわよ。ジョーカー」
 こいつら、一体何をしに来たんだ?
 帝は、なんとも言えない苦々しい思いを抱いて顔を上げた。
 怖いもの知らずか、常識知らずか、一体ここを、どういう場所だと思って乗り込んできた。
 とはいえ、思惑が一致しているなら、助けてやらないでもない。
 この無意味な結婚を、こいつらがぶち壊しにしてくれるのなら――。
 
 *************************
 
 りょう……あんたって、結局のところ、ただの怖いもの知らずだったんじゃ……。
「入江の連れです。先ほどからそう申し上げています。会場にもうご到着? では、ご本人にお確かめください。私どもが確かに入江家の同伴者だと、お判りいただけると存じます」
 車を停められたゲートで、りょうが対応している間中、後部シートに座る果歩は気が気ではなかった。
 もしかすると暴力団の上位組織(勝手な思い込み)かもしれない家に、なんだってそんなとんでもない嘘で乗りこまなくちゃならないんだろう。
 し、しかもあの入江耀子の名前を使って乗り込む腹だったとは――。
 果歩にとっては、なんとも言えない嫌な記憶しか残らない相手だが、りょうと入江耀子は、実はお友達だったのだろうか。
 車中で待たされること15分。果歩はついに、溜まりかねて言っていた。
「りょう……あのさ、やっぱり、帝さんにお願いした方が」
「それを危険だと思ったから、果歩、名刺を棄てたんでしょ」
「だけど」
「いいからいいから。夕べ布石を打っておいたからね。多分、入江さんなら大丈夫。性格が悪い上に頭がいい子って、私、大好きなのよね」
「…………」
「あんたは良家のお嬢様らしく、ひたすらしずしずしてりゃいいのよ。大丈夫よ。藤堂君の前に出られさえすれば、どうにだってなるんだから」
 そうだろうか。
 それは、あまりにも行き当たりばったりと言うんじゃ……。
 が、結局のところ、3人は無事に屋敷内に通された。
 そして今、果歩は満場の視線を浴びつつ、目指す人の所に向かっている。
 藤堂の姿は、会場に入ってすぐに飛び込んできた。
 いや、最初は彼だとは判らなかった。
 普段の彼と、あまりに様子が違っていたからだ。
 髪は後に撫でつけ、いつもの眼鏡はかけていない。そして、初めて見る黒のタキシード姿。役所で見る、どこか茫洋で長閑な姿はどこにもない。
 資産家一族の御曹司。そのオーラを静かにまとって佇んでいる青年が、あの藤堂だとは――どうしても思えない。
 ――本当に……藤堂さん?
 が、まじまじと見る前に、果歩の胸は苦しさで締めつけられ、急いで視線を下げていた。彼の隣に、あたかも伴侶が如く、香夜が寄り添っていたからだ。
 心臓が、にわかに高く鳴り始めた。
 もう果歩は、自分がどこにいて、どこに向かっているのかさえ分からない。
 周囲の声もざわめきも、何も耳に入らない。
 怖い……。
 怖い、怖いよ。りょう。
 私……私、やっぱり、無理かも。
 ――私……。
 気づけば、男性の足が目の前にあった。
 果歩は、顔を上げていた。
 
 
 これは、どういう夢だろうか。
 藤堂は、一歩足を踏み出していた。
 8年前に見た人が、今、再び、目の前に出現したのは何故だろう。
 いや、そもそも――今は一体何時だろう。
 もしかすると、僕はずっと、過去の世界にいたのかもしれない。この屋敷に戻ってから、ずっと。
 では、この人は、一体誰だ?
 自信なさげに視線を下げ、緊張に顔を強張らせたままで、歩み寄ってくる人。
 胸元の大きく開いた淡黄色のドレス。形のよい瓜実顔。ほっそりとした首。時折、不安そうに揺れる睫。そう、何もかもが、8年前の彼女そのものだ。
 8年前――たった1カ月あまり、アルバイト見習いとして籍を置いていたホテル・リッツロイヤル灰谷。そこで2度、運命みたいに遭遇した人と――。
(おいでになられたぞ。吉永様のお車だ)
(今夜は、同伴の女性と宿泊されるご予定なので、そのつもりで対応しろ)
 その夜。瑛士はホテルのエントランスで、ホテルにとって重要な来賓を出迎えていた。
 吉永冬馬。このホテルの共同経営者に等しい企業の、直社長と目されている人物である。
 エントランスの車寄せにいかにも横柄に車を停めると、吉永は颯爽と運転席から降りてきた。
 瑛士は、荷物を預かるために歩み寄った。
 吉永とは多少見知った間柄だが、ここで瑛士が雇われていることを彼は知らないし、想像すらしていないだろう。おそらく顔を見られても、気づかれる心配はないはずだ。
「おい、荷物を部屋に運んでおけ」
 吉永は瑛士には目もくれず、ただ親指を背後に突き出して、そこだと言わんばかりの指示をした。トランクから女性用のバッグとショッピング袋を取り出した時、車中の声が聞こえてきた。
「ちょっと待ってください。どういうことなんですか!」
「だから、姉にプレゼントを渡すんですよ。そう言ったでしょう」
 強引に腕を引かれ、女性が車から降ろされる。
「いやです、こんなの――冗談じゃありません」
「静かに」吉永が、威嚇するように女の耳元で囁いた。「僕の顔は知られている。こんな場所で、恥をかかせないでください」
 はっと、女性の耳元が赤く染まる。羞恥というより、それは悔しさのように思われた。
 ただの痴話喧嘩には思えなかった。女性は本気で嫌がっている。片や吉永は面白そうににやにやしている。
 こういった現場を見るのは、実は瑛士には初めてではない。
 この男が様々な女性をホテルに泊らせているのは――瑛士だけでなく、居並ぶ従業員の誰もが承知している。
 ――気の毒に。
 瑛士は、女性の顔を見ないようにして、従業員の列に加わった。真面目そうな人なのに、どうしてあんな遊び人の手を取ってしまったのだろう。
 二宮瑛士としてなら、あるいは声をかけたかもしれないが、雇われ人の瑛士には何も出来ない。客のプライペートには、何があっても口を挟んではならないのだ。
 吉永に肩を抱かれた女性が、困惑した風に顔をあげる。形のよい白い瓜実顔――真っ直ぐな双眸。
 ――あ。
 あやうく瑛士は、持っていた荷物を落としそうになっていた。
 あの人だ。
 先日、ホテルのエントランス――そう、丁度この場所で、瑛士の背にぶつかってきた人。
 あの日、宝石みたいな涙の欠片を、睫の端できらめかせていた人。
 人の出入りが激しいホテルで、二度と会うはずのない女性と、こうして再び巡り合っている。が、その偶然は、なんと苦いものだろうか。
 ――彼女は……雄一郎さんの恋人じゃなかったのか……。
 なんとも言えない気持ちになった瑛士は、改めてその女性の横顔を見つめた。
(……綺麗な人だ)
 初めて見た時もそう思った。でも、今はもっとそう思っている。
 あの日――もし、彼女の後を追って雄一郎が来なかったら、顔見知り程度にはなれていただろうか。
 考えても仕方のないことを思い、瑛士は思わず苦笑した。
 あの日、自分の胸に落ちてきた涙の意味を、この人は多分知らないだろう。
 どれだけ苦しくても、泣くことができなくなった僕の心に、この人は―― 一滴の、宝石のような美しい涙をくれたのだ。
 それが、偶然の、なんの意味のない出会いであっても、出来事であったとしても。
 あの日確かに、瑛士の中の凍りついた心の一端は――溶けたのだ。彼女の零した、一欠片の涙によって。
 もう一度、会えればいいと思っていた。
 間違ってもこんな形で会いたくはなかったが、それでも顔が見られただけで幸運だったのかもしれない。
 今夜でこの街を去る瑛士は、もう二度と日本には戻らないつもりでいる。
 そういう意味では、人生で二度と会うことがない人と――こうして巡り合うことができたのだから。
 その夜、瑛士は何度も、彼女の姿を目で追った。そしてますます、名前も知らないその女性に、心惹かれて行く自分を感じた。
 こんなに性急に誰かに気持ちが引き寄せられていくのは、生まれて初めての経験だった。
 その人は華やかなパーティの席で、きっと誰より目立つ容貌をしていたのに、誰より自信なさげに萎れていた。
 そんな彼女を見ながら、何度も、何度も、瑛士は思った。
 もし、僕に。
 僕に――彼女に、話しかける資格があるのなら。
 そして、その度に、自分の独りよがりな空想を打ち消した。
 判っている。彼女の美しさも涙も、決して僕のためのものではない。
 僕1人が勝手に夢をみて、勝手に惹かれた。それだけのことだ。
 ほら、彼女が顔をあげた。微笑んでいる。――双眸に、隠しきれない恋がある。そう、その視線の先にいる人は。
「瑛士さん?」
 現実の声が、藤堂を8年前の過去から、いきなり現在に引き戻した。
 止まっていた時間が、再び音をたてて動きだす。
 ざわめき、囁き、そして――自分を取り巻く人たちの目。
「藤堂さん」
 同時に、もうひとつの声がした。
 藤堂は弾かれたように顔を上げた。
 そこに立っていたのは、8年前、ホテルリッツロイヤルで、藤堂の心を虜にした女性の姿だった。
 あの時と同じ双眸で、彼女は真っ直ぐに藤堂を見ている。あの時は、決して藤堂に向けられることのなかった瞳で。
 俺は――
 いや、僕は。
 今まで、何をしていたんだ?
「……的場さん」
 強張った喉から、初めて自分の生の声が漏れた。
 8年前と今が、ゆっくりと――まるで、奇跡のようにひとつになる。
 あの日の出来事は、藤堂にとって、忘れられないと同時に、二度と思い出したくない過去でもあった。
 あの日の彼女の瞳にも記憶にも、おそらく自分は残っていない。
 それでいいし、これからも打ち明けるつもりはない。だから、藤堂の中でも、8年前の出来事は現実ではない。いわば、心の中の――幻のようなものだったのだ。
 今とは、決して繋がらない過去。
 が、今、決して重ならないと思っていた彼女の過去が、初めて藤堂の過去と重なった。
 まるで、途切れた鎖が繋がったように。
「……はじめまして」
 気づけば、的場果歩が、藤堂の背後の人に向かって一礼していた。
「私、的場果歩と申します。灰谷市で、藤堂さんと一緒に仕事を」
 当主の喜彦がそれに答えるより早く、遮るような歓声をあげたのは香夜だった。
「まぁ、わざわざお祝いに来て下さったなんて! 本当にありがとう。的場さん!」
 的場果歩が強張った顔をあげる。
 その時には、周囲の者も、ただならぬ異変を感じて、この奇妙な一団を注視している。
 香夜が、藤堂の前に身を乗り出すようにして割りこんできた。
 
 *************************
 
「私たちのお祝いにきてくださったのね」
 果歩の前に立ち塞がった香夜は、ゆっくりと、優しい声音で繰り返した。
「もうお聞きになっておられるかしら。私、瑛士さんの子供を授かったんです。そして今日が、私たちの婚約発表なのよ」
 ――香夜さん……。
 果歩は、早くも自分の決心が揺らぐのを感じていた。
 この幸福と笑顔を、どうして私のような他人が壊すことが出来るのだろうか。
 その香夜の背後では、彼女の両親と思しき2人が、訝しく果歩を見下ろしている。傍らには、豪奢な肘掛椅子に腰掛けた老人。藤堂の義父――二宮家当主である喜彦という人に違いない。
 りょうと長瀬は、果歩の背後で、黙って視線を伏せている。
 それでも、りょうの声が果歩の胸には届いている。
 果歩、負けちゃ駄目。自分が納得いく結末を、自分の手で掴むのよ。
 そう――そうだよね。りょう。
 ここまできたら、もう自分しか頼っちゃいけないんだ。
 これが、本当に最後になるかもしれないなら。
「おめでとう、……香夜さん」
 心のどこかにすうっと静けさが戻っていた。
 これで命まで失うわけじゃない。
 いつだったか、那賀局長も言っていた。
 過ぎてしまえば――そう、二度と戻らないというだけのことだ。
「でも、ごめんなさい」
 ごくり、と唾を飲み込んで果歩は続けた。緊張で喉はからからに乾き、額には汗がにじんでいる。
「私、お祝いにきたんじゃないんです。……香夜さんとの結婚のこと、藤堂さんの口から、きちんと説明してもらうために来ました」
「まっ」
「なんだ、この娘は!」
 同時に、男女の声が飛んだ。
 おそらくは、香夜の両親だろう。何時の間にその場に加わったのか、彼らの傍らでは、帝がやや困惑した眼で腕組みをしている。
「喜彦様、どうして瑛士さんの職場ごときの人が、この場におられるの?」
「誰か、こいつらをつまみだせ。どうやら、とんでもな言いがかりをつけにきたようだ!」
「ま、まぁまぁ、お父様、お母様、彼女は香夜の友人でもあるんですから」
 帝が大慌てで割って入るが、その時にはすでに、黒服の使用人たちが駆け寄ってきている。
 びっくりした果歩の左右に、りょうと長瀬が立ち塞がった。
「とんだ、役立たずのジョーカーね」
「どうします? 荒っぽい方法を使っていいのなら――」
「ちょっ、何言ってるんですか。長瀬さんっ。その発想、絶対に間違ってますからっ」
 果歩はもう、蒼白になっている。
 行き当たりばったりに過ぎるとは思っていたが、想像以上にとんでもない結末になってしまった。
 まさか、単なる恋愛物語に、こんなハードボイルドな展開が待っていようとは――。
「ちょっと――待ってください。あの、別に逃げも隠れもしませんし、出て行けと言われるなら、今すぐここから出て行きますから」
 果歩は、周囲に弁明しながら、懸命に藤堂の姿を探した。
「藤堂さん。私――あの時は、逃げてしまってごめんなさい」
「早くつまみだせ、何をしている!」
「こんな日が来るのが怖かった。私、ずっと怖かったんです。誰かと藤堂さんを、本当の意味で奪い合う時がきたら――私、絶対にその状況に、耐えられそうもなかったから」
 黒服の男たちが、果歩たち3人を取り囲んだ。わっと人の輪が一斉に動いて、もう果歩には、藤堂がその中のどこにいるのか、判らない。
「すみません。他のお客様のご迷惑になりますので」
「ひとまず、ご退室お願いします」
「――藤堂さん。私、どんな話でも、逃げずに聞きます。怒りません」
 長瀬とりょうが、果歩とは別の方角に引っ張っていかれようとしている。果歩もまた、せきたてられるようにして、背中を押された。
「藤堂さん!」
 果歩は、懸命に声をあげた。
「だから、きちんと説明してください。その上で、私に――私にも、考える機会を与えて欲しいんです」
 その声は、色んな人の声にかき消されて、――本当に伝えたかった人に届いたのかどうか。
 気づけば場外に押し出され、目の前で大きな扉が締められた。
 ――藤堂さん……。
 扉の向こうから、いきなりボリュームの大きな音楽が流れてきた。途切れていたオーケストラの演奏が、再開されたのかもしれない。
 いずれにしても、もう、何をしても、果歩の声は届きそうもなかった。
 中にいる藤堂は今日の主役だ。もちろん、追いかけては来られないだろう。
 もしかしたら、とんだ恥をかかされたと、怒っているのかもしれない。
 言いたいことは、全部言った。
 でも本当にそれで――それで、私は諦め切れるのだろうか?
「……的場さん」
 背後から、聞き覚えのない声にいきなり声をかけられたのはその時だった。




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