「どういうことだ、県連が雄一郎の応援に回っただと?」 呼びつけた私設秘書に開口一番怒鳴りつけると、真鍋正義は卓上の書類を床に払い落とした。 何年も連れ添った秘書は、真っ青になって頭を下げる。 「もっ、申し訳ございません。一体どうしてこのようなことになったのか……、今日会長から、今回は、雄一郎様の支援に回りたいと」 灰谷市が属する県の公新党県支部連合会――通称県連、選挙の票のとりまとめを担う組織である。 真鍋は無所属で出馬しているが、実態は公新党に所属しているも同然で、毎度その後ろ盾を得て、安定した得票を維持していた。 現政権である与党公新党は、首相赤城太郎の長期政権が続いている。 かつてその幹事長を務めていた、雄一郎の義父――金満議員の代名詞のような存在だった芹沢陽一は数年前に公新党を離脱。 その後、野党第一党を目指して日本信愛党を設立したが、未だ政権を奪うに足る存在にはなり得ていない。 今回雄一郎は、その日本信愛党の公認を得て出馬する予定だった。 その情報が飛び込んできたのが秋頃で、その頃まだ真鍋は楽観していた。しょせん信愛党とは野党第一党にもなれない弱小党であり、その党首は、かつて日本中から嫌われていた芹沢代議士。親子対決は話題になりはするだろうが、風はむしろ、真鍋自身に吹くものだと思っていたのだ。 しかし、11月には真鍋の選挙陣営の要だった長妻の動きが封じられ、1月に入ってからは、盤石だった地盤が次々と雄一郎側に寝返り始めた。 そんな馬鹿な話があるものかと思っていたら、ここにきて雄一郎が、真鍋の母体である公新党から出馬すると正式に決まったのである。 「雄一郎はどこだ」 「と、東京のご自宅だと……しかし、こちらからの連絡には一切応じられません」 ――くそっ、雄一郎め、全て計画通りというわけか。 拳を握った真鍋は、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。 雄一郎、一体何を考えている。お前ならよく知っているはずだろう。 この市が、どんな問題を抱えているか。 「冬馬、なんとかしろ」 最初から部屋の一角に控えていた戸籍上の義弟――正確には、亡妻の忘れ形見、吉永冬馬に、空を睨んだままで真鍋は言った。 「お前が雄一郎を押さえるんだ。雄一郎は、お前の言うことならなんでも聞く」 「……昔のようには……、いえ、分かりましたよ、義兄さん」 一瞬困ったような顔になった冬馬は、すぐに気持ちを切り替えたのか、自信のこもった眼差しを真鍋に向けた。 「ただ、言っておきますが、姉さんが亡くなった今、俺も容赦はしませんよ。――どこまでいっても、俺は雄一郎が憎いのでね」 「……好きにしろ」 雄一郎は、真鍋と前妻の間に生まれた、まごうことなき実子である。 先日亡くなった妻との間には子供をもうけることができなかったから、真鍋にとっては、この世にただ1人の、血を分けた存在だ。 ただし、自分が息子に抱く感情が、愛なのか憎悪なのか、真鍋には分からない。 ただあの顔――悪魔のようだった最初の妻の面影を色濃く残した顔を見るだけで、怒りとやるせなさが込み上げ、とても冷静ではいられなくなる。 「――市長、お客様が……」 その時、扉が外からノックされて、もう1人の秘書がおずおずと顔を出した。 眉を逆立てて、真鍋は激高した。 「今は誰も通すなと言っただろう!」 「し、しかし雄一郎様の代理人と仰る方で……」 ――雄一郎の……? 眉を寄せた時、扉が大きく開かれて、1人の女性が室内に入ってきた。 すらっとした痩身で、肩までの髪を額できっちりと分けている。 落ち着いたグレーのスーツと、それとは相反する鮮やかな緋色のブラウス。昔の日本画に出てきそうなほど古風で優雅な顔立ちだが、芯の強そうな目つきをしている。 一瞬、幽霊でも見たのかと思って立ちすくんだ真鍋だが、すぐにその女性が誰だか思い至った。 仮に雄一郎の代理人でなくとも、秘書ごときがこの女性を止めることはできなかったろう。 芹沢花織。芹沢代議士の、今となっては一人娘である。 「……これは、どうされました。いや、先日の妻の葬儀には、わざわざおいでいただきありがとうございました」 まず1月の葬儀の礼を言ってから、真鍋は女に向き直った。 「それで、あなたが雄一郎の代理人とは……?」 「ええ」 女は優雅に微笑んだ。 「その説明に偽りはなく、経緯を話すのは時間の無駄なのでやめておきましょう。今回の県連の決定には驚かれたことだと思います。けれど雄一郎の方から、この件に関して、あなた方に説明することは何一つありません」 「おいおい、何を言ってるんだ」 腹立たしげに、口を挟んだのは冬馬だった。 「選挙以前に、雄一郎は我々の身内なんだ。家族だよ。家族として、当然話しくらいしてもいいだろう!」 「家族」 冷めた目で女は繰り返し、おかしそうに微笑んだ。 「なるほど? では今後、雄一郎に用がある時は、私がまずお話を承りますので、彼と直接会おうなどとはゆめゆめ思わないように。おかしな真似をすれば、選挙妨害で訴えますよ」 小柄な身体から発せられた凄みのある声に、父親譲りの気質を見た気がして、真鍋もだが、冬馬もまた言葉を失ったようだった。 「……失礼だが、あなたは、雄一郎の」 「公私にわたってのパートナーです。むろん、父も了承済の」 呆然と立つ男2人に視線を向けると、女は目に冷たい光りを宿したままで微笑んだ。 「ですから、雄一郎の弱味を捜して脅そうとしても、なんの効果もありませんよ。なにしろ私は、当の雄一郎よりも強い立場なので」 どこか冗談めかした口調でそう言って頭を下げると、女は入ってきた時と同じように、さっさと部屋を出て行った。 「ええ、がつんと宣戦布告をしてやったわ。吉永冬馬も同席していたから、余計な手間も省けたし」 真鍋宅を辞去した女は、すぐに携帯を耳に当て、報告を待っている人に連絡した。 「県連のとりまとめも全て予定通り、地元議員の取り込みも完了よ。おめでとう雄一郎さん。選挙なんて無駄なことをしなくても、この時点であなたは、灰谷市の次期市長よ」 通話を切った女は、しかし不思議と沈んだ気持ちで、駐車場に止めていた車に乗り込んだ。 ――でもこれが、本当にあなたの望んでいたことなの、雄一郎さん。 ここから先に起こることを、あなたは本当に受け止められるの? 私もお父様も、これ以上協力はできないわよ。 その時、ホルダーに入れていた携帯が着信を告げた。 画面に出てきた名前を見て、女は微かに眉を寄せる。しかしすぐに気を取り直し、普段の声で電話の相手に応答した。 「どうしたの、随分久しぶりじゃない。瑛士君」 ************************* 今日ほど、昼休憩が待ち遠しいこともなかった。 正午のチャイムと同時に執務室を出た果歩は、エレベーターを待つのももどかしく、階段を使って屋上に向かった。 今朝10時、各局局長あてに4月1日の人事異動内示が発令された。 本格的な異動は、予想通り市長選が終わった4月下旬。今回は、退職者補充が中心となった100名前後の異動だった。 総務課からは南原が異動。2人の新居近くにある区役所への異動は、男性の育児休暇取得を推進する人事課のささやかな気遣いだったのかもしれないが、迂闊にも南原が異動する可能性を全く考えていなかった果歩には、晴天の霹靂のような驚きだった。 那賀退職後の新局長には、予定通り春日次長が就任。次長の後任については未定で、その間春日が次長と局長を兼任することになる。総務課内の残る人事は全くの白紙だ。 そんな中で、しかし一番のニュースは、都市政策課の前園晃司が、ロサンゼルス市役所に3年の期限で派遣されるというものだった。 (――庁内公募に応募して、一度は他局の職員に決まったものが、急きょ繰り上げになったらしい) (――事情はよく分からないが、前園君には願ったり叶ったりの展開だろうな) すでに本人には内々で話があったらしく、明日には渡米する予定だという晃司は、この週末に身辺を綺麗に片付けており、午後からは各方面に挨拶に回るという手際のよさだった。 それでここ最近、晃司が忙しかった理由はのみこめた。でも、……一言くらい私には言ってくれてもよかったんじゃない? 寂しさと同時にそんな不満を抱いたのも束の間、次に飛び込んできたニュースに、果歩は今度こそ言葉を失っていた。 宮沢りょうが、4月1日から霞ヶ関の外務省に派遣になるという話である。 「――あら、随分早かったのね」 果歩が屋上に出ると、りょうはすでにそこにいて、フェンスに背を預けて煙草を唇に挟んでいた。 「早かったのねって……」 色々な感情が怒濤のように込み上げて、すぐに言葉が出てこない。 「はいこれ、絶対忘れてくるような気がしてたから」 立ちすくむ果歩に、りょうは手にしたコンビニの袋を差し出した。 中には、サンドイッチと、果歩がいつも飲む野菜ジュースが入っている。 「私、今日は年休扱いなのよ。今夜の新幹線で東京に行くから、午後はまるまる挨拶回り。――って、泣かない泣かない。何も二度と会えない場所に行くわけじゃないんだから」 口を両手で覆って睫毛を震わせる果歩を、りょうは笑いながら抱き寄せた。 「東京よ? 車で2時間かそこらの距離よ? 会おうと思えばいつだって会えるし、暇になれば週末だって帰ってこられるわよ。その時は果歩の部屋に泊めてくれる?」 「……、……、う、うん」 「その部屋は、果歩と藤堂君の新居だって信じてるけどね」 もう言葉は何も出てこず、果歩はりょうの細い肩にしがみついて泣き続けた。 人生で一番辛いときに巡りあって、9年近く苦楽をともにしてきた親友。 冷たく突き放すように見えて、最後まで絶対に見放さない。優しくて、お人好しで、本当は繊細で傷つきやすいくせに、眩しいほど強くて潔い。何より大切な友達。 これからだって何度も会えるし、2人の関係は変わらない。でも――でももうこうやって、仕事の合間に2人で会うことはできなくなるのだ。苦しい時や、傷ついた時に、寄り添ってもらうことも。逆に寄り添ってあげることも。 やがて涙が収まった果歩は、りょうが買ってくれた紙パックの野菜ジュースを一口飲んだ。それがやたら甘くて、また涙が込み上げそうになる。 「……なんで言ってくれなかったの」 「それはごめん。灰谷市と東京ならいつでも会えると思ったのと、……ちょっとした罪悪かな」 「罪悪感?」 りょうは苦笑すると、火のついていない煙草を傍らのゴミ箱に投げ捨てた。 「少しばかり性質の悪い罠にひっかかったのよ。それが案外、真綿みたいにじわじわ首を絞めてきてね」 「どういうこと?」 「あー、大丈夫大丈夫。ただの比喩だし、相手、そこまで悪人じゃなさそうだから」 ま、だから余計にやっかいなんだけど、そう呟くと、りょうは花曇りの空に視線を向けた。 もう春は間近で、風は思ったより温かい。 「晃司……、ロサンゼルスに派遣だって、知ってた?」 「人事課だから当然……って、実は本人から直接聞いた。私が異動を知ったのと同じ日に」 怒った? と笑いを帯びた目を向けられたので、果歩は素直に寂しさを顔に出した。 「まぁ、りょうが話してくれなかったことに、ついてはだけど」 「それだけじゃないでしょ」 くすくす笑うと、りょうは再びフェンスに背を預けた。 「ま、色々テンパってたんじゃないの。私もそうだけど、前園君にとっても青天の霹靂でしょ。だって普通こういう人事異動は、遅くとも2月の頭には本人に打診があるものだから」 「そうなの?」 「普通はね。打診があって、本人も所属長も考える時間を与えられた上での決定なんだけど、今回はそういうのが全部すっ飛ばされて、いきなり3月の中旬に口頭内示だもの。ま、市長選前で色んなことがバグってるのかもしれないけど」 その言い方に、何か含みがあるように感じたが、どうせ聞いたところで理解できないし、りょうも話さないだろう。そんなことより―― 「……付き合ってたの? 晃司と」 「肉体関係を何度か持った状態を、そう言っていいならね」 さすがにそれには冷静ではいられず、果歩は目を白黒させて咳払いをした。 「い、いつから?」 「2月、うちの旅館に、果歩が泊まりに来てくれた日」 「………………」 いやもう、本当に言葉が出てこない。てかいつ? それはいつのタイミングで? ただ、今思えば、それ以降、なんとなく晃司とは疎遠になっていた。 藤堂や乃々子の問題で頭がいっぱいで、晃司の存在など綺麗に忘れていたせいもある。それもあるが、晃司からのコンタクトが殆どなくなったのも確かだ。 しかし、そういう目で見ると、これまで違和感のあった全てが腑に落ちてくる。 1月の新年会で、何故かりょうを部屋に呼んでいた晃司。2月、乃々子との話し合いの場にも、何故か意味もなく参加して、隅っこで1人で飲んでいたっけ。 そしてりょうと流奈の間に流れていた微妙な空気と、最近の流奈の異変にも合点がいく。 ――流奈は……多分晃司を追っかけてたんだな。 果歩は、どこか切ない気持ちでそう思った。 それはもう、果歩への対抗心でもなんでもないだろう。一体どういう心境の変化があったのかは分からないが、あの子は本気で晃司のことが好きだったんだ。 それが、ライバルがりょうだなんて……、長妻真央もそうだったが、気の毒すぎて言葉もない。 ――でも、……今のりょうの言い方って……。 「晃司のこと、本当に好きだったの?」 「果歩に、言いにくいと思ってた程度には、そうかな」 それにはぎょっとして、果歩は盛大に咳き込んでいた。 「はっ、はい? そこでなんで私なの? 私と晃司はもう全然」 「でも、ちょっとは寂しかったんでしょ」 「…………」 「それ、私が黙ってたことだけが原因じゃないと思うけど」 しばらく言葉に迷ってから、果歩は素直に頷いた。 「……そうかも」 そういう意味では、この何ヶ月か、晃司に対して曖昧なことをしていたなという自覚はある。 気持ちという意味では殆ど罪のない藤堂さんをあれだけ責めておきながら――まぁ、そこのところは、反省しないといけないのかもしれないな。 「でも、これからどうするの? ……晃司と、遠恋?」 2人とも悪い意味で自己中心的で、欲望(セックス以外の)におそろしいほど忠実なだけに、そこはなんだか不安というか心配というか。 「別れた」 「えっ」 「金曜の夜。――果歩が電話してくれた時に」 りょうはさばさばした目を空に向けた。 「どうせ続かないって分かってたから。電話してメールして泣き言いって、甘えて……って、そんなの私にできると思う?」 りょうというか、晃司にもそれは無理だと思う。 なんとなくだけど、2人とも仕事に追われて一切連絡しないまま、月日が過ぎていきそうだ。――りょうは東京で行きつけの店をつくって、すぐに軽くつきあえるいい男を見付けそうだし。晃司は……悪いけど誘惑に弱そうだし、そういうりょうの自由気ままさが、多分受け入れられないだろう。 「そもそも信頼しあってるほど深い関係じゃないからね。むしろその逆。――無駄に引きずって、お互い嫌な気持ちになって別れるより、今、きっぱり別れた方が後々再会した時、気が楽でいいじゃない。いずれ、どっちかがどっちかの上司になるかもしれないし」 りょうの判断は多分正しい。そして他人が口を挟むようなことでもない。 それでも果歩は、なんだかもやもやしたような――不思議に寂しい気持ちのままでいた。 「余計なお世話かもしれないけど、ついていこうとは、思わなかったの?」 「……1分」 「――え?」 「2分くらいは、それも面白いと思ったかな。別に市役所の仕事に未練があるわけでもないしね。ただ、色んなことを考えたら、今はまだ日本を離れたくないと思ったのよ」 ――2分か……。晃司、ご愁傷様です。 「色んなことって何? まさかと思うけど旅館のこと?」 「そっちはもう全然」 りょうは苦笑して、果歩を見つめた。 「果歩のことよ」 「…………」 「果歩の方が遙かに大切だと思った時、ああ、これは別れるべきだなって悟ったの。だって私、どっちを取るかと聞かれたら、間違いなく果歩を選ぶから」 ――りょう……。 「私……」 収まったものが再び目の奥を熱くするの感じ、果歩は慌てて目の端を手で拭った。 なのに私は、いつも自分のことばかりだった。2月に起こったりょうのピンチの時だって、特に何をするでもなく、ただおろおろ心配するばかりで―― 「私……、ごめん。いつも自分のことしか考えてなくて」 「そんなこともないでしょ、子猫ちゃん。金曜の夜は、酔い潰れた彼を見捨てて私のところに来てくれたじゃない」 ――う、さすがは情報が早い。 「み、見捨てたっていうか、藤堂さんは別に、私がいなくてもしっかりしてるから」 「………」 りょうの双眸に、その日初めて不安の影がよぎったような気がした。 「ま、そこはあまり……過信しない方がいいんじゃないの」 「え?」 しばらく黙ったりょうは、不意に「あ、こっから独り言です」と呟いた。 意味が分からない果歩は、不審に思って瞬きする。罪悪感、独り言、そう言えば以前もりょうの口から、その謎のワードを聞いた気がする。 「果歩さ、一回藤堂君ときちんと話した方がいいと思うよ」 「……どういうこと?」 「彼が4月まで待てっていう理由、彼が頑なに果歩に手を出さない理由」 「…………」 「今までみたいに曖昧にしないで、はっきり片を付けた方がいいと思う。絶対に」 「……あ、曖昧にって、私は別に」 曖昧にしているのは私じゃなくて藤堂さんの方で――私は知りたいけど、彼がまだ言いたくなさそうだったから。―― 「無自覚なのはいつものことだけど、今、それを曖昧にしてるのは果歩の方だよ」 「……私?」 「そ、藤堂君と先に進むことに、今は果歩の方が二の足を踏んでない?」 「え?……なに、それ」 「藤堂君も藤堂君で、そのことに気づいてるくせに、気づかないふりをしているような気がするけどな」 果歩は何も言えないまま、眉根だけを微かに寄せた。 りょうには悪いけど、それは違う。 香夜さんのことも決着がついたし、彼の胸に棲んでいる人の正体も判った。その人と自分の存在感の差が多少気になりはするけれど、もう亡くなった人の話だ。 先に進みたくないなんてとんでもない。私はいつだって大丈夫なのに、藤堂さんとの約束があるから――彼がいつも、辛そうだから……。 それでもここ数日、「4月になったら」の意味を彼に確認しようと思いながらも、いつもなんとなく流していたことを、果歩は思い出していた。 最後に彼の部屋で過ごした夜も、いざそうなりそうになった時、期待より不安が募ってしまったことも。 「……だって……なんていうの? 焦らなくても4月はもう目の前じゃない」 「市長選が近いからかな」 果歩の言葉を無視して、独り言のようにりょうは言った。 「4年前のこの時期も、果歩、かなり不安定になってたじゃない。ま、どこもかしこもヴォルデモート卿の名前ばかりだったから、それも仕方ないかもだけど」 ヴォルデモート教――名前を出してはいけない例のあの人。りょうが言い出した真鍋雄一郎の隠語である。 「それは、……それこそ藤堂さんには関係ないよ。一体いつの話をしてるのよ」 「4年前の話。ま、私が言いたいのはそれだけよ。あとは、果歩と藤堂君が考えることだしね」 最後は普段のりょうに戻って笑うと、つっとひとさし指を果歩の方に向けた。 「で、最後に果歩に伝言、年下の元カレ君から」 |
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