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年下の上司 最終章A〜過去への扉

過去への扉(18)



 リビングの扉を開けると、出た時よりも薄暗くなった部屋で、真鍋はソファに座ったまま、やや前掲姿勢になって、膝の上で指を組んでいた。
 玄関の扉が開いた音も、リビングの扉が開いた音も聞こえていたはずなのに、みじろぎもしていない。
 果歩は唾をのみこみ、ハンドバッグを投げるようにして、真鍋の元に駆け寄った。
「真鍋さん」
 声を掛けると、はっと真鍋が顔を上げる。どこか虚ろだった目にみるみる驚きが宿るのを、果歩は安堵しながら見つめていた。
「驚いたな。――忘れ物?」
 髪をかきあげ、戸惑ったように真鍋は言った。
「いえ、あの……」
「相変わらず落ち着きがないな。電話してくれたら、今夜にでも届けさせたのに」
 相変わらずって、それはいつを基準にして言っているんだろう。それが8年前でも今でも腹が立つ――そう思いながら、果歩は真鍋の隣に座り直した。
「やっぱり、真鍋さんに送ってもらおうと思って」
「……え?」
「私も一緒に、酔いがさめるのを待ちますから。……だめですか」
 黙ってしまった彼が、微かに喉を鳴らすのが分かった。
 ただの生理現象だと分かっていても、その刹那、果歩も心臓が収縮するような不思議な緊張を覚えている。
「……駄目ではないけど、……君の話につきあえる自信はないよ」
 目を逸らし、背もたれに頭を預けながら、真鍋は言った。
「今日は久しぶりに運転して疲れたし、今もすごく眠いんだ。一緒にいても退屈な思いをさせるだけだよ」
「いいです。別に。片倉さんと帰ってももっと退屈なだけですから」
 すみません、片倉さん。そういうことにさせといてください。 
「だったら好きにして構わないが、気が変わったら、いつでも片倉を呼んで帰ってくれ」
「……はい」
 それでも帰れとは言わないし、駄目だとも言わないんだ。
 そこに真鍋の本音を垣間見た気がして、少し胸が切なくなる。
 1人になりたくないって、正直に言ってくれたらいいのに。
 まぁ、7歳も年下の私に、これ以上弱味は見せたくないんだろうけど。
 真鍋は果歩に背を向ける形で、ソファの反対側に身を寄せるようにして身体を丸める。それがひどく頼りなく見えて、思わず手を差し伸べたくなった。
 ――こういう時、何か気の利いた話でもできたらな。
 真鍋さんが笑うしかないような、くだらない話――ああ、くだらない話で笑うような人じゃないな。この人は案外真面目で、ちょっとした疑問もとことん追求するようなところがあるから。……
「瑛士の話をしてくれないか」
 不意に真鍋が口を開いたので、果歩はびっくりして肩を揺らした。
「え、……え?」
「今日は、僕が一人で、随分と恥ずかしい話までしたんだ。君も、少しは話してくれてもいいだろう」
「…………」
 いや、それはそうかもしれないけど。
 ただ、今の私と藤堂さんは、まだ……それをどう報告していいか分からない状態で。……
「……逆に、聞いてもいいですか」
「ここで逆にと言える君の神経が理解できないよ。……なんだ」
「私と藤堂さんのことは、藤堂さんから聞いたんですか?」
 意表を突かれた質問だったのか、真鍋の背中はしばらく無言になった。
 後継者争いのこともあるし、言いにくいんだろうなとは思ったが、それは果歩にとっても根源的な疑問である。
 2人が親戚で、随分昔から親しい仲だったことは知っているが、こと果歩に関しての認識を、藤堂はどういう形で真鍋に伝えていたのだろう。
 その答えは、場合によっては。これから藤堂と話し合うつもりの果歩の覚悟をガタガタに壊してしまうかもしれない。
 そう思うと、緊張で肩に力が入る。
「瑛士じゃない。……というより瑛士は何も言わないよ、俺には」
 果歩にとっては想定の範囲内の答えだったが、それでも少しがっかりした。
「……だったら、どこで聞いたんですか?」
 一体どこから漏れた情報だろう。藤堂さんの気持や関係性なんて、はっきり言って私でもよく分からないのに。
「……どこでというより、色々な人の口から耳に入ってきたという感じかな。もう隠す必要もないと思うから言うが、瑛士を都市計画局に配属させるよう手配したのは僕なんだ」
「えっ……?」
 さすがに果歩は、驚いて真鍋の背中を見下ろしていた。
 なにそれ、どういうこと?
「ど、どういうことなんですか?」
「民間経験者の特別採用枠。――市の上層部に根回しして、それを実現させたのが僕というだけの話だよ。都英建設の常務だった義姉さんから瑛士を推薦させ、後は、藤家元局長と那賀さんが上手く手配してくれた。瑛士が二宮家の出身だと知れたらやっかいだから、経歴や出身大学も上手く隠していたはずだよ。そもそも瑛士は国内の大学を出ていないからね」
 初めて耳にする事実に、果歩は唖然として口を開けた。
 つまり那賀局長は最初から真鍋さんの協力者だったってこと……? だったら藤堂との関係が真鍋の耳に入っていたのも頷ける。
 でも、どうして真鍋さんがそんな――市の人事に介入するような真似を? 
「な……、なんで、そんなことをしたんですか」
「都市計画局は市有数の大型事業を抱えている。僕は選挙までに、あらゆることを……内部の人間しか知り得ないことまで、知っておく必要があったんだ」
 つまり、少なくとも1年以上は前から、真鍋は市長選に出る腹づもりだったということだ。改めて今の真鍋の無軌道っぷりが分からなくなり、果歩は彼の背中を見つめている。
「……藤堂さんも、真鍋さんの思惑みたいなものは、ご存じだったんですか」
「瑛士は何も知らないよ。ただ僕への恩義で引き受けただけだ」
「……どうして、藤堂さんだったんですか」
「僕の知る人間の中で最も優秀だから。――それもあるし、渡英で1年仕事をしたら、再び海外に戻る気だと聞いてね。あいつを日本に止める口実が欲しかったんだ」
「……なんで?」
「……、僕と二宮をつなぐためだ。瑛士は直系だが、僕はしょせん姻戚だからね。瑛士の恩人という肩書きがなければ叔父さんと合うこともままならない」
 理由は分からないが、なんとなくそれは嘘だと思った。
 真鍋が、これからしようとしている何かのために、二宮の力を使おうとしているのは知っている。そのために、自分と藤堂が利用されたことも分かっている。
 でも、真鍋の根底にある藤堂への思いは、それよりもっと深いものがあるような気がした。そうでなければあの真鍋が、他人をああも愛おしそうに呼ぶはずがない。
「瑛士の配属先に君がいることは知っていたよ。那賀さんの下だからね。偶然というより、僕を介した以上は必然だ。――もちろん君が那賀さんの下にいたのは、たまたまだったが」
 真鍋はそう言い添えたが、そうだろうかと内心果歩は微かな動揺を覚えていた。
 それすら、真鍋さんの差し金だったら? いや、仮にそうだとしても、それが未練や愛情からではないことは、もう彼の口から聞いている。
「……あれは夏に……、那賀さんからだったかな。瑛士と君がいい関係を築いていると聞いた時、もちろん意外ではあったが不思議に得心したというか……、そうだな、どこかで安心したような気がするよ」
「……どうして」
 ほんの少しだが、心音が高くなった。自分のことなどとうに忘れたと思っていた人が、この8年、わずかではあっても気に掛けてくれていた。それが、嬉しくないはずがない。
「どうしてって、それ以前の君が、余りにくだらない男とつきあっていたからかな」
「………」
 はっと顔を熱くした果歩は、反射的に手を伸ばして真鍋の腰の辺りを叩いていた。
「ちょっと!」
「たっ、――おい、思いっきり叩くなよ」
「だって、やだ、そんなことまで。私、晃司のことは局の誰にも言ってないのに、……完全に監視じゃないですか、それ!」
「聞きたくて聞いたわけじゃない。勝手に耳に入ってきたんだ」
「同じことじゃないですか。もう最低、顔も見たくない気分です!」
 真鍋から返ってくる言葉はない。
 少しだけ様子が気になって背けていた視線を向けると、彼は腰の辺りに手を当て、声もなく痛みを堪えているようだった。
「えっ、ど、どうしたんですか?」
 もしかして、私、そんなに思いっきりやっちゃった?
 腰に手を添えようとした果歩の手を、真鍋は歯を食いしばるようにして振り払った。
「大丈夫……、少し前に痛めたところに、運悪く入っただけだ」
「……まさかと思うけど、腰痛ですか?」
「それは、少し面白くない誤解だから否定させてもらうよ。というより、瑛士に何も聞いていないのか」
 ――藤堂さんに……?
「秘書課に暴漢が入った前日に、瑛士が俺のところに来ただろう」
 ようやく痛みが治まったのか、真鍋が顔をしかめながら半身を起こした。
「君との記事が出たことで、相当怒っていたんだろうな。あの温厚な瑛士が、話も聞かずに殴りかかってきた。顔に痕がついたらまずいから咄嗟にガードしたが、代わりにバランスを崩して、背中を思いっきり机にぶつけたんだ」
「…………」
 果歩の表情に視線をとめ、真鍋は呆れたように肩をすくめた。
「殴られた挙げ句、俺がその武勇伝を伝えているんだから、間抜けだな」
「えっ、そんなこと言われたら、私が喜んでるみたいじゃないですか」
「今のは誰が見ても嬉しそうな顔だったよ」
 そ、そうかな。確かにちょっと……真鍋さんには申し訳ないけど、ちょっと、嬉しくはあったかな。
 そっか、藤堂さんたら、ポーカーフェイスの下でそんなワイルドな……。だったらどうして、あの時すぐに話してくれなかったんだろう。はー、本当にじれったい人。
 ふと真鍋の視線を感じ、果歩は我に返って、身を引いた。
「な、なんですか」
「いや……、君でもそんな顔をするんだなと思って」
 果歩はますます警戒して身を固くする。
「一応聞きますけど、どんな顔です?」
 まだ腰が痛むのか、真鍋は片腕を背中に回していたが、それを元に戻してから冷めた目で言った。
「馬鹿みたいな顔だよ」
「――っ」
「もう瑛士の話はいいよ。十分だ。ただ君は肝心なことを忘れている。瑛士は、後継者争いに乗らなかったんだぞ」
 ――それは……。
「それは、……明日にでも、ちゃんと2人で話してみます」
「話すなら今夜にでもと忠告したいところだよ。俺を殴るところまではよかったが、結局はそこどまりだ。瑛士が辛抱強いのは知っていたが、今回ばかりは度を超している」
「…………」
 一体真鍋さんは、藤堂さんのことを本心ではどう思っているんだろう。
 後継者争いにしても、どういう意図で私を巻き込んだんだろう。
 そんな疑問がふと胸をよぎったが、なんとなく今の言葉に、その答えが凝縮されているような気がした。
 おそらくだが、真鍋は藤堂に二宮の後継者になって欲しいと思っているのではないか。どこまでも逃げる藤堂に、前を向いて欲しいと思っていたのではないか。
 考えすぎなのかもしれないけど――そして、そうなった場合、私自身の身の処し方が、大きなネックになるのだろうけど――。
「藤堂さんは、……確かに肝心なことは言わない人ですけど、それでも、本当に必要な時は、私が納得するまで話をして、一緒に解決策を考えてくれる人ですから」
 時々納得できなくて喧嘩になるけど、そういう時は私が折れるか藤堂さんが折れるかして、着地点を見つけてきた。
 まぁ、総じて後者の方が多かった気がするけど。
「今回も藤堂さんなりの考えがあるんだと思ってます。今は、私が冷静になるのを待ってくれているような気がするし、……なんにしても、これからのことは2人で話して決めていくことですから」
 二宮喜彦には否定されたが、やはり果歩にはその答えしか思いつかない。
 彼が一人で決めるのではなく、私が一人で決めるのでもない。
 それが手の届かないほど儚い光であっても、2人で見付けようと決めてしまえば、結果はどうあれ、それがきっと正解だ。
「そう」
 興味をなくしたように言うと、真鍋はソファに深く頭を預けた。
 部屋はますます薄暗くなって、そろそろ電気を点けた方がいいのかなと思いながら、果歩はそっと立ち上がる。 
「少し、妙な気分だったな」
 リモコンを見つけて戻って来た時、真鍋がそう呟いた。
 彼はソファに深く沈んだまま、眠るように両目を閉じている。
「何がですか?」
「君が他の男を名前で呼んでいるのが。2歳年下の男は晃司で、4歳下の瑛士は藤堂さんなんだな。それは一体、どういう基準なんだ?」
「ど……、どういうって……」
 果歩は頬が赤らむのを感じてうつむいた。
「まぁ、藤堂さんは上司だから。ちょっと……さすがに、そういう風には」
「瑛士が上司か」
 目をつむったまま、真鍋は少しおかしそうに苦笑した。
「それが君の口から出るのも、すごく妙な気分だよ。そもそも30過ぎの女性が4歳も年下の男に惹かれるのは、どういう心境なんだ? それすらさっぱり分からない」
 またしても、果歩はむかっとしていた。
「ねぇ、なんでそこで、いちいち私の歳を言うんですか」
「それほど怒ることでもないだろう」
 真鍋は不思議そうに、片方の目だけを薄く開けた。
「俺の妻も、俺より3つ年上で、結婚した時は32だった。もっとも、君より随分落ち着いた、頭のいい人だったけどね」
「…………」
 果歩は、溢れそうな言葉の代わりに真鍋を指差し、喉まで出かけた言葉をのみこんで手を下ろした。
「もういいです。この話は、お互い、二度としないでおきましょう」
「そんなに歳のことが気になるなら……」
「気にしてないし、今度それ言ったら私が背中に蹴りを入れますよ」
 真鍋は肩をすくめるようにして目を閉じ、そのまま何も言わなくなる。
 果歩も頬をふくらましたまま、そっぽをむき続けていた。もう、いっそ帰っちゃおうかしらと思いながら。
「……君は、変わったな。悪い意味でなく」
 不意に真鍋がぽつりと呟いた。
「それが分かっただけで、今日、話せてよかったと思うよ」
「…………」
 果歩は真鍋を振り返ったが、彼はもう眠っているのか、唇から規則正しい呼吸を漏らしている。
 少し迷った後、その顔に、おずおずと自分の顔を近づけてみる。
 それはおかしなたとえだが、肝試しに近い感覚で、しかし恐れていたような感情は湧いてこなかった。
 ――真鍋さん……。
 果歩は彼の乱れた髪にぎこちなく指で触れた。
 愛おしかった。やっぱりこの人が好きだと思った。
 でもそれは、8年前とはもう違う感情だ。苦しさも切なさもなく、ただ愛おしいなと思う。多分、友人とか……もっと図々しいことを言えば、肉親の感覚に近いのかもしれない。
 ――私も……真鍋さんと話せてよかった。
 私からみた真鍋さんも、8年前とは全然違う。それは私にとっても、多分悪い意味じゃない。
 というより8年越しに、私、ようやく本当の真鍋さんを知れたような気がする――   

 *************************


「雄一郎、聞いているのか、お前は一体どこにいる!」
 爆発しそうな父の声が、留守番電話から再生される。
 雨に濡れた庭の草木を見つめながら、真鍋は黙ってその声を聞いていた。
「お前、会社を道連れに心中でもするつもりなのか! 早く出てこい! このままだと本当に殺されるぞ」
 何件も録音された父からの留守電は、他は聞くまでもないだろう。真鍋は携帯を持ち直すと、片倉の番号をコールした。
「問題が起こりましたか?」
 即座にそう聞いてくる優秀な男は、今の状況をどう捕らえているんだろうとふと思った。
 本心では瑛士のところに戻りたいだろうに、その感情はおくびにも出さない。
 でも、それも今日で終わりだ。これが片倉に頼む最後の仕事になる。
「彼女の家に電話を入れておいてくれないか。今夜は泊まることになりそうだ。もちろんそのままを伝える必要はないが」
「かしこまりました」 
 携帯をポケットに滑らせると、真鍋は先ほどまでいた部屋に戻った。
 暗くなった室内が、優しい雨音に包まれている。
 その音に誘われるように眠りに落ちてしまった人を、立ったままの真鍋は黙って見つめていた。
 頬に影を落とす睫毛も、優しい目元も、唇も、こうして間近で見つめていると、8年前と何一つ変わらない。
 この人を義母と似ていると思ったのはいつだったんだろう。叔父に指摘されて初めて気がついた。多分、最初の印象だけだ。
 それがきっかけであったとしても、今――いや、8年前も、そんなことが理由で、こうも心を奪われたのではない。
(雄一郎さん)
(呼んじゃいました。……いいですか、そう呼んでも)
 この人と過ごした時間の何もかもが、自分には二度と得がたい宝物だったのだ。
 多分、そんな幸福は、二度と自分の人生に訪れない……。
 膝を折った真鍋は、強張った指でその頬に触れようとして、力なくそれを下ろした。
「君は……、本当に想像力のない人なんだな」
 俺が今日、どんな思いで君に過去を語ったのか、何も分かっていないんだな。
 この家を君に見せるのが、どれだけ苦痛だったか、想像すらできないんだろうな。
 ――この家を……妻が改装してくれたのは……。
「…………」
 拳を握った雄一郎は、懊悩を振り切るようにして立ち上がった。
 それにしても、瑛士は一体何をやっている。
 もし今夜の彼女の行動を知っているなら、今度は俺が殴ってやるところだ。それともお前の彼女への思いはその程度だったのか?
 そうでないことは分かっているつもりだった。なぜならこの半年、真鍋は様々な形で藤堂の気持ちを確かめていたからだ。
 そこに松平帝を使うのは、多少リスキーだと思ったが、帝が接近してきた時の果歩の対応を見ることも必要だと思い直した。
 決して下世話な感情からではない。市長選への出馬が公表された後、どのような形で果歩を守るべきか。――真鍋にとってそれは一番重要な問題だったからだ。
 ただその過程で、幾度も胸をえぐられるような辛さを味わった。そうだ、あの時分かったのは瑛士の本心などではなく、果歩の本心だ。
 ためらうことなく瑛士を追いかけ、あの危険なお姫様と対決した。正直、真鍋には想像もできなかった果歩の思わぬ激しさであり、行動力だった。
(――藤堂さん、私、どんな話でも逃げずに聞きます。怒りません)
(だからきちんと説明してください。その上で、私に――私にも、考える機会を与えてほしいんです)
 その言葉が、どれだけ真鍋の気持ちをかき乱したか、――海の底に沈めていたはずの過去を揺さぶったか、誰にも分からなかっただろう。
 しかしその時垣間見た果歩の行動力は、真鍋にはひどく危険な兆候に思えた。
 特に姉妹のような友情で結ばれた宮沢りょうには危険を感じた。4月以降、果歩を余計な行動に駆り立てかねないばかりか、宮沢自身が果歩を縛る鎖になりかねない。だから、吉永が目をつける前に灰谷市から離れさせたのだ。
 同じく果歩が何かと頼りにしていた前園晃司を海外に異動させたのもそのためだ。あの男に関しては、多少の私怨がなかったかと言えば嘘になるが、悪い遠ざけ方ではなかったはずだ。
 紆余曲折はあったが、ここまでは概ね計画通りに進んできだ。ただひとつ、瑛士が思惑通りに動かないことをのぞけば。
 ――この期に及んで、何を迷っているんだ、瑛士。
 俺はそこまでお人好しじゃないし、そこまで我慢強いわけでもない。
ついさっきも、髪に彼女の指が触れた時、衝動的に腕を掴んでねじ伏せてしまうところだった。
 今も――俺がどんな思いで、彼女の寝顔を見ていたと思う。
 真鍋は、頭を抱えるようにして窓辺に立った。
「……頼むから、俺をもう楽にさせてくれ……」





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