本文へスキップ

年下の上司 最終章A〜過去への扉

過去への扉(8)

 

「真鍋様、お待ちしておりました」
 真鍋に連れて行かれたのは、最上階にあるラウンジバーだった。
 予想していなくもなかったが、果歩は自分の表情が強張るのを感じていた。8年前、ここで真鍋と吉永、そして安田沙穂の4人で食事した。その時、ひどく冷たかった真鍋の態度は、当分の間、果歩には辛い思い出だったのだ。が――
「……随分、昔とは違っていますね」
 店内に案内されながら、果歩は思わず呟いた。
「市内で一番のサービスと満足度を自負していたつもりだったが」
 穏やかな口調で真鍋は返してくれた。
「3年も経つのに、君のような若い女性が一度も足を踏み入れていないというのは、戦略の失敗だったかな」
 部屋の外で落ち合ってからの真鍋は、それまでの不機嫌さや余裕のなさが嘘にように、リラックスした紳士的な態度だった。
 だからなんとなく、果歩も落ち着いた気持ちのまま、真鍋のエスコートに従ってここまで来た。
 気を失う刹那、エレベーターの中で感じた不安は跡形もなく消えていた。あの時は、あまりに昔と同じような状況だったから、過去に飲み込まれそうな恐ろしさにかられたのだ。
 何度も自分に言い聞かせて、ようやく忘れることができた真鍋への想いが、再び自分を飲み込んでしまうような気がしたのだ。――
 けれど同時に気が付いてもいた。もしかするとそれは、この8年、ずっと抱き続けてきた果歩の根源的な問題だったのかもしれない。
 この8年、果歩は真鍋を思い出させるものから意図的に逃げていたし、考えないようにしてきた。
 11月、藤堂に婚約者が現れた時も、真鍋との過去を連想して一度は逃げようとしたし、逃げないと決めてからも、過去のトラウマが蘇る苦しさの連続だった。
 その時は過去を乗り越えられたのだと思っていた。――でも、多分、違った。
 そして3月の終わりに、このホテルで藤堂に現実を突きつけられたのだ。
 ――……藤堂さんは、多分、分かっていたんだろうな。
 私が、まだ過去を乗り越えられずに、どこかでひきずっていることに。
 そう思うと、にわかに藤堂への申し訳なさで胸が締め付けられそうになる。
 でも真鍋の幻に怯えていた頃より、5月以降、こうして近くで仕事をするようになってからの方が、気持ちはずっと落ち着いている。それどころか、自分の中で固くこじれていたものが、少しずつほぐれていくような不思議な感覚を味わっている。
 当たり前だが、真鍋は空想世界の人ではなく、絵本の中の王子様でもなかった。先ほど見たような夢は、過去数限りなく見てきたし、目覚めて真鍋の姿を捜しては、泣いてしまったこともある。
 でも現実が、あんな滑稽なものだったなんて、――若かった私に教えてやりたいくらいだ。
 王子様は大慌てでどこかに電話していて、目覚めたお姫様とロマンチックさの欠片もない罵り合いになりました――って。
 2人は誰からも目につかない通路を通って、周辺から遮断された個室に案内された。
 閉鎖された空間にさすがに躊躇いを覚えたものの、仕方ないと思い直した。
 真鍋はもはや、この灰谷市では誰も顔を知らない人がいないほどの有名人なのだ。しかも、亡き妻との美談に感動した有権者も多い。
 当選したばかりだというのに、女性と2人で堂々と食事などできないのだろう。
「……無理に、お店でなくてもよかったのに」
「悪かったね。でもこの店は、今夜は外国から来られた宿泊客で貸し切りなんだ。だから、多少顔を見られても問題ないよ」
 革張りのソファに向かい合って座ると、ウエイターが恭しくオーダーを取りに来る。メニューを広げた真鍋が、「君はどうする?」と聞いたので、果歩は仕方なく、「私は、飲み物だけで」と答えた。
「僕はペリエを、彼女にはノンアルコールのすっきりしたカクテルを。それから胃に優しいアパタイザーをいくつか見繕って持ってきてくれ」
 慣れた口調でオーダーをする真鍋を、変わらないなと、どこか懐かしい気持ちで果歩は見つめた。
 こういう強引さはいかにも年上の人という感じで、楽だと思った。今もやっぱりそう思っている。
「……何?」
「いえ、別に」
 彼を見つめすぎる危険を感じ、果歩は咳払いをして視線をさげた。
 やっばり過去は、自分が思っているよりも強敵だ。割り切ったつもりでも、まだどこか、境界線で曖昧に揺れている自分がいる。
「さっそく本題に入ってもいいですか」
「いいよ」
 オーダーして1分も経たないうちに、まずカクテルと、フルーツの盛り合わせが運ばれてくる。さすがはVIP待遇だとびっくりしている内に、真鍋が口を開いた。  
「最初の2つはもう聞いた。――3つ目からだ。とはいえ3つ目も4つ目も、根源的なところでは回答は変わらない。6月の中旬までだ」
 彼の返事の速さと記憶の確かさに、果歩は内心驚いていた。
 最初の2つとは、尾ノ上の顔をたてて秘書課の機能を改善させること。そして安田沙穂への態度を改めること。
 3つめは、去年から続いているという果歩の護衛をいつまで続けるのかということ、4つめは、先月の選挙戦の最中、果歩が浚われかけた事件の真相だ
「6月……中旬って?」
「きっちり日にちを決めておこうか。では、初議会の初日までだ」
 初議会の初日。それは6月14日だ。
「……つまり、その日には私を解放してくださるということなんですか」
「別に束縛しているつもりはないよ。――解放という言い方はどうかと思うが、その通りだ。少なく見積もっても6月中には片がつく」
 今が5月の半ばだから、あと一ヶ月程度の辛抱だということになる。
「つまり、それは」
 それでも果歩は食い下がっていた。
「その時には、真鍋さんも安全になるってことなんですか」
「俺?」
 真鍋は意外そうに眉をあげ、果歩はもう1つ思い出していた。この人は、普段は自分のことを僕と言うが、意表をつかれたり感情的になったりすると、俺に変わる。
 それがいつも、束の間彼の素顔に触れられたような気がして、好きだった。
 親しい人と話すときも、きっと「俺」なのだろう。藤堂と話していたときの、真鍋の優しい口調がふとほろ苦く思い出される。
「まぁ、そう言ってもいいのかもしれないな。でもそれは、君には関係のないことだ」
 しかし返された真鍋の声は冷たく、頷きながら、果歩は内心傷ついていた。
「わかりました。……その話はもういいです。4つ目を教えてください」
「予想はついていると思うが、僕の立候補を快く思わない連中の仕業で、背景には真鍋家が経営する会社がついている。先月、君はまた僕の叔父に会っただろう」
それが吉永冬馬のことだというのはすぐに分かった。「君はまた」というところに、真鍋の抑えた怒りを感じたが、果歩にしても、あの日は最大限の警戒をして吉永と対峙している。
「会いましたけど――」
「会うべきじゃない」
 きっぱりと真鍋は言った。
「呼び出されれば誰でものこのこ会いに行くのは、君の優しさなのかもしれないが、それは迂闊さの裏返しだ。君は2月に、瑛士の従兄弟にも会っているだろう」
 果歩は思わずカクテルグラスを落としそうになっていた。どうしてそれを、真鍋さんが知っているの? ああ、そうか――その頃にはもう見張りが……。
「別にそれは、……、真鍋さんには関係のないことでしょう」
「むろん関係ないが、君はその時に学んでおくべきだった。味方の顔をして近づいてくる相手を信用してはいけない。それが利害の絡む親族ならなおさらだ」
「…………」
 なにそれ。確かにその通りかもしれないけど、――
 勝手に監視して、勝手に説教してくる真鍋に反発しながらも、果歩は不思議な感覚を覚えていた。
 帝の襲来を、果歩もまたそんな風に捕らえていたからだ。帝は、今にして思えば吉永の攻撃に備えた事前学習のようなものだった。――それと同じ意味のことを真鍋が今口にしたのは、偶然なのだろうか。
「しょせん帝君は育ちがいいから、どう頑張っても悪人にはなりきれない。――ただ、僕の叔父は違う。叔父がその時、本気で君をどこかに連れ去るつもりだったら」
 そこで真鍋は、どこか苦しそうに言葉を切った。
「俺に、守り切れていたかどうか自信はない。どれだけ警戒していても、君のお気楽な頭の中だけはどうにもならないからな」
「どうして私なんですか」
 真鍋の言い方には正直かなり腹が立ったが、それより、彼の深刻さの方が気になった。だいたい、8年間も前に真鍋と関係を絶った私が、何故そこまで目をつけられなければならないのだろう。
「私なんて、もう真鍋さんとはとっくに無関係なのに」
「それは叔父に聞いてくれ」真鍋はそっけなく遮った。「――俺だって迷惑しているんだ。しかしそう出られた以上、放っておくこともできないだろう」
 私の方がもっと迷惑していると思ったが、それは言葉にできなかった。
 吉永が誤解しているのは間違いないにしても、この数ヶ月、まがりなりにも真鍋さんは私を守ろうとしてくれていたのだ。
「もしかして、それで私を秘書課に呼んだんですか」
「それが一番安全だからだ。役所というのは民間企業より何倍も無防備で、市民を名乗ればどこにだって出入りできる。ただし市長室以外は」
 その通りだ。市長室を含む秘書課は、役所でもっとも厳重な警備がなされている。
「真鍋さんの態度が、……余計に誤解を助長させているんじゃないですか」
 それには真鍋は、しばらくの間黙っていた。
「そうかもしれないが、今さらもうどうにもならない。それに、何もかも6月までのことだ」
 6月に一体何があるんだろう。選挙が終わってもなお警戒を緩めない真鍋が、今、何を恐れているのか果歩には今ひとつ分からない。
「県警の緒方さんのこと……、ご存じなんですか」
「知っているよ。僕の幼馴染みの1人だ」
 あっさりと真鍋は言い、果歩は驚きで再びカクテルグラスを落としそうになっていた。
「もっとも親しかったわけじゃないし、僕に面識はほとんどなかった。君に話したことがなかったかな。昔……君と一緒に行った別荘に、子供の頃、年の近い社員の子供が集められて、何日か一緒に過ごしていたと」
 果歩はぎこちなく頷いた。もちろんよく覚えている。
「あの男はその中の1人で、東京で偶然会ったが、それは向こうにとっては偶然じゃなかった。――僕は知らなかったが、相手は僕に何年も執着している。それだけで察してくれないか」
「…………」
 え? 
 それ、一体どういうこと?
「いずれにしても、僕とあの男の縁はとうに切れている。今、あの男がどういう立場で誰に与しているのか僕はしらないし、あの日、君をどういう思惑で助けてくれたのかも分からない。……ただ、僕にとっては死ぬまで関わり合いになりたくない人物だ。少なくとも、君が1人で会っていいような相手じゃない」
 以上だ。話を切り上げるように言うと、真鍋はボトルのペリエを空になったグラスに注いだ。
「……もうひとつ、どうしてあの日、はかったように緒方さんと待ち合わせをしていた場所に来たんですか」
 グラスを唇に当てた真鍋は、微かに表情を険しくさせた。
「そうなるように誘い出されたからだ」
「……緒方さんに?」
「他に思い当たる相手がいるなら、逆に教えてくれないか」
 冷ややかに遮ると、真鍋は自分を落ち着かせるようにグラスの炭酸水をあおった。
 果歩は気分が悪くなった。
 緒方と知り合ったのは、去年の秋、大河内の事件の最中だ。晃司が喧嘩にまきこまれて、連行された警察署で、対応に出てくれたのが緒方だった。
 最初は、その署の人だと思ったら、実は違った。緒方自身からその時の経緯は説明してもらったが、ぬぐえない違和感が残っていたのも事実である。
 ただ、緒方が――やり方は汚かったにしろ、長妻真央を自白に導き、こじれにこじれていた大河内主査の冤罪事件を解決してくれたのもまた事実だった。
 その後、役所に尋ねてきて合コンに誘われた。1月はたまたま近くを通りかかったという理由で、車で駅まで送ってもらったこともある。
 そして先月――やはりたまたま近くで内定していたという理由で、果歩の危機を救ってくれた。
 悪い人では絶対にないし、要所要所で果歩を助けてくれたのは事実である。しかしその出現頻度に、不審なものを覚えていたのも確かだ。
「あの、真鍋さん……」
「ん?」
 果歩は開きかけた唇を閉じた。
 果歩に過去が、何度も緒方と2人になっていたことを、多分、真鍋はまだ知らないのだ。知っていれば、帝や吉永の時のように、迂闊だの成長していないだのと責められていたにちがいない。
 ――1月なんて……、少なくとも、見張りがついていた時期なのに。
「いえ、なんでも。……ただ少し不安になっただけです」
「常にそうして怯えていてくれると、僕はむしろ助かるよ」
 真鍋の軽口に、果歩は力なく微笑した。
 緒方の真意がなんであれ、どれだけ警備網を張り巡らしてところで、穴などいくらでもできるのだ。そう思うと、人が人を守ることなど、あるいは不可能ではないかという気さえしてくる。
 ただ、そんな風に思ったことは、心配性な真鍋に伝えるのはやめておいた。彼も当然、そのことくらいは分かっているような気がしたからだ。
「で、最後の1つは?」
真鍋の声に、うつむいていた果歩は我に返って顔をあげた。
「5つ目があるんじゃないのか? 悪いがこの後、僕は人と会う予定がある。手短にしてもらえると助かるよ」
 5つ目は……。
 果歩はこくりと唾をのんだ。
 真鍋さんに、これ以上危ないことをしないでほしい。
 灰谷市で、これ以上敵をつくるような真似をしないでほしい。
 でも、それは今の果歩の立場で言うべきことではないし、言ったところで彼は聞いてはくれないだろう。それに、理由はよく分からないが、こういった騒ぎも6月には終わるのだ。
「二宮の家、本当に真鍋さんが継ぐんですか」
「それは、答えられない質問に入る」
 あっさりと答え、真鍋はゼリーで寄せたフルーツ野菜の皿を果歩の方に近づけた。
「答えてもいいが、そうなると君も嘘つきの仲間入りになるな」
「だったらいいです」
 果歩は急いで遮った。なんとなくだけど、継ぐということ自体嘘ではないかという気がする。どう考えてもあの家の当主と灰谷市長との両立などありえないからだ。真鍋がすぐに辞任するならともかく。
「じゃあ質問を変えてもいいですか」
「駄目だと言いたいところだが」
 真鍋は先ほど果歩の方に寄せた皿に指を添えた。「君がこれを食べたら、考えてやってもいい」
「なんてずか、それ」
「美味しいから食べてごらん。きっと君の口に合う」
 やや閉口しながら、果歩はしぶしぶスプーンを取り上げた。宝石のようなゼリーの欠片を少しだけすくって口に入れる。「……美味しい」
「そうだろう」
 真鍋は楽しそうに微笑し、自分も取り分けた皿から同じものを口にした。
「昔は、君が気にしてはいけないと思って言わなかったが」
「……なんですか」
「僕は、よく食べる女性の方が好きなんだ」
 のみ込みかけたゼリーが、喉に引っかかりそうになった。
「は、はい?」
「僕自身が、食事が唯一の楽しみだからね。おそらく体型を気にしていたと思うが……」
「ちょっ、これ以上言ったら怒りますよ?」
「そちらは、多少物足りないくらいだった」
「……、……」
 数秒絶句した後、果歩は顔を赤くして立ち上がった。
「ひどい! 今になって、普通そんなこと言います?」
「当時は僕も猫……羊を被っていたのかな」
 真鍋は笑った。「そんなことも知らなかったのか」 
 いや、羊じゃなくてもそこまで失礼なことは言わないだろう。むっとしたが、不思議に怒り続ける気持ちにならないまま、果歩は席に着きなおした。
 今笑った真鍋が、本当に楽しそうに見えたからだ。多分、再会して初めて、彼の笑顔を見てそんな風に思えたから。
「質問を変えてもいいよ」
 その笑顔を消して真鍋は言った。彼もまたフォークをとって、檸檬のマリネを口に運んでいる。「続きをどうぞ」
 そういえば、体型はスマートなのに昔からよく食べる人だったなとふと思った。りょうと、そういうところがちょっと似ている。
「……二宮の家って……すごく資産家なのは知ってますけど、そもそも何をしている家なんですか」
「瑛士に聞いていないのか」
 ナプキンで口を拭うと、真鍋は意外そうに眉をあげた。
「まぁ、あまり……というか全然。ご実家のことは、藤堂さんのお母様に少しお聞きしたくらいです。由緒正しい家柄で、結婚も自由にできないのかなということくらいしか」
「そうか、佳江さんに会ったのか」
 真鍋の目が、少しだけ優しくなった気がしたが、それはどこか寂しげな優しさにも見えた。  
「――由緒正しいというのはどうなのかな。僕も詳しい系譜までは知らないが、それほどいいものではなかったはずだ。長い歴史の中で、時に士族や華族の血がまじることもあったのかもしれないが」
「そうなんですか? でも私の友人が少し調べてくれたんですけど、皇族の血を引いているとか、歴史上大きな存在をしめるとか……。それと、戦後の財閥解体を唯一免れたとか、インターネットから完全に痕跡が消された国際的な禁止コードとか。……その、決して陰謀論にかぶれるような友人じゃないんですけど」
 言っていることの荒唐無稽さに、果歩は頬を赤らめた。
心なしか、真鍋の目がますます優しくなったように思える。
「友人って宮沢さん?」
「……、よく覚えてますね」
「君の交友関係は狭いからね」また楽しそうに真鍋は笑った。果歩は無意識にその笑顔から目を逸らしている。
「その中で頭のいい人物は限られてくる。よく調べた方じゃないのかな。確かにインターネットで検索しても、情報は出てこないはずだよ」
「どうして、なんてずか」
「誰も実態を知らないし、メディアが二宮家に触れることもないからだ」
 真鍋はペリエを一口飲んだ。
「報道の禁止コードは日本だけでも無数にあって、インターネットは世界の情報全てを公平に伝えてくれるツールじゃない。その中で、君の友人は本当によく調べたと思うよ」
 そう言って真鍋は微かに苦笑した。
「とはいえ、その情報は、意図的に流されたフェイクばかりだ。二宮は皇族の血を引いてはいないし、歴史に名を残すような大きなこともしていない。そもそも、財閥でもないしね」
「……そうなんですか」
 じゃあ、結局嘘ばかりじゃない。果歩はさすがに眉を寄せている。
「結局、二宮って、何をしている家なんですか」
「何も」
「……何も?」
「少なくとも今の時代はね。――二宮は、築き上げた巨大な資産と旧財閥系の企業に絶対的な影響力を持っている。ただそれは、檻の中で眠る獅子ようなものだ。今の日本で、その檻が壊されることはない」
 ――どういうこと……?
「あの家の持つ力は、今も昔もただひとつ――情報なんだよ」
「情報……?」
 意味が分からず、果歩は目を瞬かせた。
「二宮家は、元々は江戸幕府から続く諜報機関が開祖だったとも言われている。僕もしょせん部外者だからその辺りは定かじゃないが、その時代から戦前、戦後、現代にかけて、政経界のあらゆる情報が二宮家に集まる仕組みができていた。いわば二宮は、国家の情報を司る門番のような存在で、当然、人も資産も集まってくる。情報っていうのはイコール金だ。それは今も昔も変わらない」
「…………」
「明治維新から戦前、戦中、戦後にかけて、日本には多くの闇があった。そういった表に出せない情報を巧みに歴史に紛れ込ませる――いってみれば日本の歴史そのものを二宮がリードしていた時代が確かにあった。当然、時の総理や内閣、あまたの財閥企業と切っても切れない関係が生まれる。その時代に培われた情報と人脈、それが今も続く二宮の力の源なんだ」
そこで言葉を切った真鍋は、少しだけ表情を翳らせた。
「しかし、それはもう過去の話だ」
「過去の、話?」
 その時、扉が外からノックされて、ここまで2人を案内してくれた男性スタッフが入ってきた。
「真鍋様」
 スタッフは真鍋の傍らに膝をつき、小さな声で何かを囁いた。
 彼は少し意外そうにそれを聞いていたが、「ああ、そうだな」と同意するような素振りを見せた。
 なんだろうと思ったが、それきりスタッフは退室し、真鍋は黙ってペリエの残りを飲んでいる。そしてようやく口を開いた。
「……続きだが」
「あ、はい」
「聞きたい?」
「…………」
 ――はい?
 ひどく意味深なところで話を切られたのに、聞きたくないという選択肢があるだろうか?
果歩が唖然としていると、真鍋は苦笑してたちあがった。
「聞きたいなら、続きは外に出てからにしないか。君にひとつ、追加で出したい条件がある」



>>next  >>contents

このページの先頭へ