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年下の上司 Final Story〜赤い糸の行方

赤い糸の行方(13)〜瑛士side

 
「他に真鍋市長を説得できる方法があるなら、私も瑛士君の意見に賛成よ」
 2人は再び険悪な目でにらみ合ったが、今度は藤堂が目を逸らさなかった。
 もう一度、芹沢花織に電話するしかない。
 真鍋がもし耳を貸すとすれば、――果歩を除けば彼女しかいない。
 藤堂の意思が揺るがないことを悟ったのか、怜はわずかに肩をすくめてソファに掛け直した。
「気持ちは分かるけど、巻き込む巻き込まないでいうなら、もう手遅れよ。警察と二宮家が真鍋さんを守る方向にシフトしたことが分かれば、次に狙われるのは彼が大切にしていた人だもの」
「…………」
「そうなったら、的場さんにも二宮に来てもらうの? でもその時は、私の立場も考慮してね。新婚家庭に夫の愛人がいるなんて修羅場だけは勘弁してほしいから」
「……、今、その話をする必要がありますか」
 懸命に怒りを堪えて藤堂は言った。
 果歩のことを愛人と侮辱した怜に対し、波のような憤りが押し寄せる。
 そんな風には絶対にならないし、させない。今藤堂の気持ちを奮い立たせているのはそれだけだ。
「話がそれだけなら失礼します。僕は一度、二宮の屋敷に戻らないといけないので」
「あなたって案外、後先考えない感情的な人だったのね」
 遮るような声が、藤堂の足を止めさせた。
「さっきもそう。言わないつもりだったけど、本気で松平みたいな無能な男に二宮家をくれてやるつもりなの? 口約束にしても馬鹿な約束をしたものよ」
 すぐにその意味を悟った藤堂は眉を寄せた。
「……まさか、会議の話を聞いていたんですか」
「あのメンバーの中に私の内通者がいるの。ねぇ、まさかこの私が、ノープランでこんな馬鹿げた結婚を受けたと思う?」
 盗聴か。――内心の驚きをのみこんで藤堂は黙って視線を下げた。この人と自分との間には、それぞれが知る事実以上の差がついている。
 思えば最初に電話をしてきた時から、彼女は今日のことを想定していたのだ。
 初動はもちろん、読み合いでも完全に負けているし、組織力でも今は遠く及ばない。
「松平さんと最上さんは、次期当主に松平帝を押すことで一致している。彼らがそのために、元々手を組んでいたのが真鍋さんよ。真鍋さんがマスコミ戦略に長けていたのは最上さんの全面的なバックアップがあったから。――知っていたことだったかしら?」
「……いえ」
「いってみればあの人たちにとって、真鍋さんが当主になり、二宮家に恥をかかせる形で失脚するのも想定内だったということよ。次に出てくるのがあなたで、それが赤子の手をひねるより簡単にねじ伏せられる相手だということもね」
 藤堂にとっては全てが初耳だったが、むろん伯父は全て承知の上だったろう。つまりあの人は、松平家の思惑も知りつつ真鍋の賭けに乗ったのだ。最終的にその目的が、僕を当主にすることだったとしても――本当にそれだけが、伯父の目的だったのだろうか。
 むしろ松平家が後継になると言うのなら、そちらに譲ってしまえばよかったのではないだろうか。
「簡単に言質をとられたんだもの。まさか反論する気はないでしょう?」
「……いえ」
 自らの思考にとらわれていた藤堂は、まだその根源的な疑問の解を考えながら顔を上げた。
「ただ、失敗した以上当主の座を降りろと言うのなら、僕に異論はありません。僕は元々雄一郎さんを守るためにその座についたんですから」
 その場で選択するしかない運命の瀬戸際で、こう決めた。
 真鍋の救済と幸福は、同時に果歩の幸福でもある。
 絶対不可能なミッションであることは百も承知で、その命題をクリアできる方法があるなら探してみようと――そう決めたのだ。 
「雄一郎さんを守れない時点で地位を失うなら致し方ない。当たり前の結末です」
「忘れていない? 狙われているのは真鍋さんだけじゃない、うちの父もなのよ」
 藤堂は失言に気がついた。怜は冷ややかな目で藤堂を見つめている。
「……忘れてはいません。今はあくまで僕の動機をいっただけで、こうなった以上、真鍋さんと八神さんは同列の立場ですから」
「どうかしら。結局二者択一で、的場さんを切り捨てたくせに」
 微かに笑って、怜は話を打ち切るように立ち上がった。
「――あなたの思惑は分かっているわ。まず午後までに全ての問題にけりをつけて、なんとか入籍だけは逃れたいと考えている。でも今の会議でそれは不可能だと思い知った――違う?」
「……それで?」
「次策として、的場さんに入籍したことが知られないうちに片をつけて、さっさと離婚してしまいたいと思っている。今朝からそのための策を頭の中でずっと考えているんでしょう、天才さん」
 図星だったし、その焦燥が自分から冷静さを奪っているのも事実である。
 果歩のことを思うと、胸が張り裂けそうだった。藤堂の選択を知って、彼女が傷つかないはずがないし、苦しまないはずがない。少なくとも彼女の両親は、絶対に藤堂を許してくれないだろう。
 だからこそ、早急に今後の道筋を確立したいのだ。
「どうせ廃家の方法を模索しているんでしょうけど、一日二日で片付く問題ではないわよ。それまでに、私たちの結婚が彼女の耳に入らないと思う?」
「――入る前に、彼女には僕の口から説明します」
「どう説明するの? 私とは籍を入れただけの他人だって?」
「どうするかは僕の勝手でしょう」
「じゃあ、私がこれからどうするかも勝手ということね」
 再び二人の空気が緊迫し、今度は互いに目をそらさなかった。   
「どうするつもりなんですか」
「それをあなたに言う必要があるかしら」
「言っておきますが、勝手な真似は許さない」
「許さない? ねぇダーリン、それはどういう立場で言ってるの?」
 藤堂は言葉に詰まり、怜は冷淡な光を目に宿して腰に両手を当てた。
「私に意見するなら、それをはっきりさせてからにしてくれる? 私に言わせれば勝手な真似をしているのはあなたの方よ」
「……どういう意味ですか」
「あの冗談みたいな手紙を信じて、二宮家を終わらせようとしているじゃない。やってみればいいわ。私の助力なしに何ができるかは知らないけど」
 片倉が必要だ。
 藤堂は黙って怜を見つめながらそう思った。しかし、片倉は今果歩の傍にいる。事態がどう急変するか分からない以上、片倉を彼女から離すわけには絶対にいかない。
 それに、すでに二宮家を去った片倉に、二宮家に戻った藤堂が連絡を取るのは、今までの慣例からすると許されないことだった。
 しかし怜は、不意に双眸から険しさを消して、諦めたような嘆息を漏らした。
「……とはいえ、私も瑛士君も、ひとまず同じゴールを目指している」
「その通りです」
「感情的になって悪かったわ。私も私で必死なのよ。それを分かってもらえたら嬉しいけど」
「……僕も、余裕をなくしていたことは認めます」
「だったらひとまず手を組みましょ。左近が侠生会と連絡を取るチャンネルを持っているから私の方で裏取りをしてみるわ。二宮家後援会に届いたあの手紙――ただの文字といってもいいけど、それに、どこまでの信憑性があるか」
「……僕はあなたが」
 それでも藤堂は、慎重に言葉を選んだ。
「僕の選択を支持してくれればいいと、そう願うばかりです」
「それで父の命が助かるならいくらでも。ただ、――後見役の方がああもはっきり無理だと言い切ったのよ。可能性はあまりないんじゃないかしら」
(瑛士様の一存でそれを行うのは、到底不可能な話です〉
 その理由は、今から久世と直接会って確認するつもりでいる。ただそれを怜に言う気はない。
 そういう意味では、怜より藤堂の方が、数時間後に配偶者になる相手を信じていないのだ。
「とうにこの世から必要なくなった機関がこうして何百年も続いてきたのには、必ず何かの理由があるはずよ。……逆にあなたは知らないのね? おじ様は倒れる前に、あなたに何も言い残さなかったのかしら」
 図星だったが、一番悟られたくない人にそれを知られたことが、藤堂の胸を暗くさせた。
 この人を配偶者に決めた伯父の判断は、最適ではあるが最悪だ。
「いずれにしても、私の方で可能な限り侠生会の意図を探ってみてあげる。その結論が出るまでお互い動かないという折衷案でどう? ――私たちがいがみ合っていても、いいことは何もないじゃない」
「おっしゃる通りです」
 そのために伯父はこの人を選んだのだし、自分もそれが最善だと思って頷いた。怜の提案に異存はない。
「でも……その代わりといってはなんだけど、ひとつ条件を出してもいいかしら」
「……、どうぞ」
「もし私たちが結婚したら――の話だけれど、家のことは、全部私に任せて欲しいの」
「……家のこと?」
 全く想定していなかった無邪気な条件に、警戒していた藤堂は面食らって瞬きをした。
「どうせ瑛士君は、平日は灰谷市でしょう? 仕事はすぐに辞められないって言っていたじゃない」
「……、あなたも仕事があるのでは?」
「今日付で辞めたわ。父のことで職場に迷惑がかかってはいけないから。週末にもマンションを引き払って、二宮家に住まいを移すつもりよ」
「…………」
「深い意味はないわ。ただ、専業主婦になるなら主婦業は完璧にやりたいの。お客様扱いなんて絶対にいや。目下これが私の一番大きな仕事になるんだから」
 今の今まで侠生会と取引するような物騒なことを言っておきながら、どういう意図があってのこの条件なのか。しかしそんなことに頭を悩ませている暇もない。
「分かりました。家令にその旨は伝えておくので、好きにしてください」
「ありがとう。じゃ、裏取りの方は任せておいて」
 にっこりと笑うと、怜は軽やかな足取りで部屋を出て行った。
 
 
 *************************
 
 
「優秀な方だと八神長官から伺っていましたが、思いのほか御しやすい人物でしたね」
 怜が後部座席に乗り込むと、助手席の左近がすぐに口を開いた。
「まだ現実がのみこめていないのよ」
 あっさりと答えた怜は、バッグから携帯電話を取りだした。
「直に冷静になると思うからあまり油断しないで。でも今の間に、さっさとことを進めましょう」
 真鍋が灰谷市に所有している別荘のことなら、左近はとうの昔に調べ上げ、すでに監視を付けている。あえて藤堂の口からそれを言わせたのは、藤堂に罪悪感を植え付け、コントロールしやすくするためだ。
「桐生社長と会う段取りは?」
 携帯画面を見ながら書くと、助手席の左近からすぐに声が返された。
「――今日の午前9時に『影倉』で食事をする約束を取り付けました。相手方は昼か夜の会食を希望されておられましたが……」
「夜まで待っていられると思う? これは情報戦なのよ。私と、そして藤堂瑛士の」
 マッカーザックカンパニー時代、まだ学生だった藤堂の作った統計データのアルゴリズムは、その後マッカーザック社のデフォルトとなった。
 つまり世界の頭脳集団が、まだ二十歳そこそこの藤堂の才能を認め、その頭脳に全面的にひれ伏したことになる。そのこと知った怜が、率直に感じたのは、燃え上がるような嫉妬と怒りだった。
 ここまでくるのに自分は死ぬほどの努力をした。なのに藤堂は学業の傍ら、なんの努力もなしにそれをやり遂げたのだ。
 本人が自身の功績に無頓着で、その意味さえ分かっていないことが余計に怜を苛立たせた。仮に彼が、男として怜の崇拝者に成り下がってくれでもすればまだ溜飲も下がったかもしれないが、その誘惑さえ4歳年下の男は平然とはねのけたのだ。
 ある意味、ずっと報復の機会を狙っていた男との縁談に、怜は万全の準備をもって挑んでいる。二宮家のことも、ありとあらゆる手を尽くして調べ上げた。二宮喜彦があえて自身の甥を情報弱者のままでいさせたのが腑に落ちないが、今はその機を逃したくない。
 怜の動機はあくまで両親の救済だが、藤堂を徹底的にやり込め、今度こそ自身の支配下に置きたいという黒い野心が、自分の本音だろうということも自覚している。
 ――絶対に負けない。この私が努力をしていない人間に負けるなんて、許されないのよ。
「気をつけてください。桐生は、見た目こそ温厚な若手実業家ですが、裏では相当あくどいことをやっています」
「大丈夫よ。――へぇ、ヤクザのくせにまぁまぁのイケメンなのね」
 株式会社『FUJIMI』の代表取締役社長、桐生陽平。
 爽やかな名前と外見を持つ男で、広告代理店『FUJIMI』も一部上場企業だが、その実侠生会の見えざる資金源である。どこをつついても黒い埃すら出てこない桐生は、その隠れた構成員の1人だ。
 そんな人物を捜し当て、接触することができるのも、左近が警察組織のマル秘情報にアクセスできるからである。戦前まで国家情報収集機関の本家だったといわれる二宮家だが、今の二宮家にそこまでの力はないらしい。いや、あって然るべきだが使いこなせていないのだ。
 ――どこまでいっても、この勝負には私にアドバンテージがあるのよ。瑛士君。
 侠生会側が報復をとりやめる唯一の条件が廃家であることを、怜はすでに知っていたし、藤堂がその道を模索することも予想がついていた。
 ――本当にお坊ちゃまなのね。やくざの約束をそのまま信じるなんて、素直すぎるにもほどがあるでしょ。
 そんな真似をすれば最後、こちら側が唯一持っている強みまで失ってしまうことになる。
「左近、例の人物を今日中に瑛士君に会わせるわ。手配をお願い」
「かしこまりました。午後からの予定でよろしいですか」
 廃家など、絶対に認められない。
 藤堂はまだピンときていないようだが、二宮家の力は彼が思っている以上に絶大だ。その気になれば政府すら意のままに動かせる。ただそれには、ある切り札が必要なのだ。
 その切り札を藤堂より早く入手するためには、どうすればいいか。
 ここ数日、怜がずっと考えていたことがそれだった。
 ――……二宮のおじさまが、その話を瑛士君にしていないのは何故なのかしら? 話す前に倒れたのは本当に偶然? あの用意周到なおじさまが、一番肝要なことを話さないままで病に倒れるなんて、ちょっと信じられないけど……。
「そういえば、久世という男の身元は分かった?」
「いえ、今警視庁のデータを全て当たっていますが、出てきませんね。名前を偽っている可能性もありますので、再度、今日採取した指紋で照合をかけてみますが」
「……そう」
 いかにも二宮家の全てを知っているような人物だが、一体何者だろう。
 今日の御前会議のメンバーの1人に怜の内通者がいるが、その人物に聞いても「久世家は代々二宮の後見役」――という極めて曖昧な情報しか持っていなかった。
 数多の疑問は残ったままだが、今は些末なことにこだわっている時間はない。
 愚かにも藤堂は、八神か真鍋、どちらかが殺されれば当主を降りると宣言した。現時点で命の危険にさらされているのは真鍋1人である。つまり真鍋が死ねば、藤堂はこのゲームからあっさり降りるつもりなのだ。
(今はあくまで僕の動機をいっただけで、こうなった以上、真鍋さんと八神さんは同列の立場ですから)
 口ではああ言っても、藤堂に本気で怜の父親を守る気がないのは明らかだ。
 藤堂が二宮家の当主の座を失えば、怜の計画も頓挫する。それだけは絶対にさせられない。
 つまり真鍋雄一郎には、少なくとも計画が成就するまでの間は生きていてもらわなければならない。そのためには、彼が生きたいと願う動機付けが必要だ。
 ――これはいわば、あなたの身から出たさびよ。瑛士君。
 登録していた番号をタップすると、相手の声がすぐに応答してくれた。ひどく憔悴していたが、それにはあえて気づかないふりで、明るく続ける。
「もしもし、芹沢副社長ですか? 私です。佐倉怜です。先日は素敵なワイン、ありがとうございました」
 藤堂は知らないが、真鍋の過去を唯一知るこの人物と、怜は早くから接触を取っていた。建設会社副社長と国土交通省の役人。一歩間違えれば贈賄が疑われる関係だが、ビジネス面での共通の話題にはことかかない。簡単なランチから始まって夜の食事――二人きりの女子会。
 芹沢花織は、さすがに政治家の娘らしく肝要なことは一言もしゃべらなかったが、彼女の心に取り入るのは簡単だった。長く片思いをしていた初恋の人に失恋したこと。同性なら、この話題で大抵怜に同情と微かな優越感を抱いてくれる。
 そして、余計なことをちらりと漏らしてくれるのだ。
 特に藤堂との婚約が水面下で進んでいること、――彼に的場果歩という恋人がいることを打ち明けると、案の定花織は、ひどく怜に同情してくれた。
(――詳しい話は言えないけど、できれば的場さんには、雄一郎さんの傍にいて欲しいと思っているのよ)
 その時花織がぽろりと漏らした、悩ましげなその言葉だけで十分だった。
 真鍋は何かしらの問題を抱えていて、その解決のためには的場果歩が必要なのだ。少なくとも花織はそう信じている。
「約束どおり、瑛士君からの電話に出ないでいただいてありがとうございます。ええ、――今、彼は冷静ではないんです。真鍋市長がああいうことになって、的場さんが彼の元に行くんじゃないかと恐れています。彼女に見張りをつけているのも、会わせないようにするためでしょう」
 うつろに相づちを打つ花織の声には覇気がない。彼女が珍しく動揺しているのが分かり、怜は今が勝負時だと理解した。
「芹沢副社長、本当のことを打ち明けます。八神警視総監が私の実親なのはご承知ですよね。今。真鍋市長は父と共に侠生会の報復のターゲットになっています。私は父も真鍋市長も、なんとかして助けたいと思っているんです」
「知っていたわ」
 電話の向こうから、疲れきった花織の声がした。
「あなたが雄一郎さんの動きを知りたくて私に近づいてきたことくらい。でも、選挙以降の彼の動向は、私にも全く分からないのよ」 
「芹沢さん。父は今、おとなしく警視庁に匿われていますが、真鍋市長の身に万が一のことがあれば、さすがに黙って隠れてはいないでしょう。――市長が自殺も視野に入れて行動されているなら、どんな手を使ってでも止めなければいけないと思いませんか?」
「分かっているけど、彼はもう、私の電話にも出ないのよ」
「真鍋市長の行く先なら、私が調べます。芹沢さんは、的場さんに市長を説得するよう、仕向けてもらえないでしょうか」
 電話の向こうで、迷うような沈黙が返される。花織もまた、そのことを考えていたのだとわかり、怜は満足の笑みを浮かべた。
「あるいは彼女が説得するなら、市長もご自身の身を守る方向に考えを変えるとは思いませんか」
「……思うけれど……、それは、的場さんにとってリスクの大きすぎる選択よ。きっと瑛士君が許さないわ」
「許すも許さないも、もし的場さんが本気で真鍋さんの元に向かおうと思ったら、瑛士君に止めることはできません。そんな資格はもう彼にはないんです。でも、……そうですね。もし片倉という男が的場さんを止めようとしたら、彼女にこう伝えてもらえますか」
 ごめんね、瑛士君。
「瑛士君はもう結婚したんです。今日、私と正式に籍を入れましたから」
 怜は電話を切り、曇り始めた空に冷めた目を向けた。
 でも、これも情報戦のひとつで、あなたは完全に遅れをとっているのよ。




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