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年下の上司 Final Story〜赤い糸の行方

赤い糸の行方(15)〜瑛士side

 
 
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「おかえりなさいませ、御前様」
 正午前――チャーターしたヘリでおよそ4ヶ月ぶりに二宮家に戻ると、本殿の玄関ホールには、二宮家に使える全ての使用人が顔を揃えていた。
 家事一切の統括を担う家令の甘粕(あまかす)と、使用人を束ねる侍従長の竹内女史。
 コック長の松坂。庭師長の犬飼。警備部長の小田切。
 この5人が主要スタッフで、その下に約30名のスタッフがついている。この屋敷の規模を考えると、それでも少ないくらいだ。
 その全てのトップに立つのが参与官であり、つい先日まで、その役割は片倉の父、片倉藤士郎が担っていた。今その座は空白だ。それを指名するのが当主の最初の役目である。
「御前様、片倉に代わって家令に就任した、甘粕央(よう)です」
 列の中から、黒いタキシードをまとった長身の男が、靴音も高らかに歩み出てきた。縁なし眼鏡の下から、まなじりが切れ上がった目がのぞいている。色白で細面、勘気の強そうな目は、歌舞伎の女形を彷彿とさせた。
「喜彦様の命に従い、全てのキーをお部屋にご準備しております。また引き継ぎの書類などもご用意してございます」
 甘粕は高齢になった片倉父の補助役として雇われた男で、元の職業は銀行員。元々家令には藤堂の執事だった片倉の息子――片倉凜士郎がついていたが、その片倉が二宮家を辞去したので、甘粕が繰り上がったのだろう。
 2月に一度戻ったときに、藤堂は何度かこの男と顔を合わせている。あからさまに険のこもった目で見られ、理由は分からないまでも、あまりいい感情を持たれていないことだけは理解した。
 しかし、そんな風に思っているのは、何も甘粕だけではないだろう。今も、冷めた目で藤堂を見ている使用人は1人や2人ではない。なにしろ藤堂は、この家の絶対君主だった脩哉を追い詰め、死なせてしまった挙げ句に逃げ出した男なのだ。――
 簡単な挨拶を済ませると、藤堂はすぐに甘粕に向き直った。
「甘粕家令と竹内侍従長だけ、部屋に来てくれませんか」
 序列的に、次のトップ――参与官になるのは甘粕か竹内である。
 2人の間に微かな緊張が走ったが、藤堂は最初から、その座に付けるのは片倉以外考えていなかった。
 しかし、固い表情で後からついてくる甘粕と竹内の様子を見たとき、ここにもまた、役所と同じように一筋縄ではいかない人間関係の軋轢かあるのかもしれないとふと思った。
 とはいえ、今の藤堂にそれに関わっている暇はない。
「実は、僕の執事だった片倉の息子を近々二宮家に呼び戻そうと思っています。参与官には片倉凜士郎を置くということで話を進めておいてくれませんか」
 本殿2階。かつて喜彦が自室として使っていた部屋は、藤堂の記憶に残るままだった。
 紫檀のデスクにビロードの椅子。大理石の応接机と唐様の長椅子。苦手だった竜虎の衝立もそのままだ。
 机についた藤堂がすぐにそう言うと、竹内はほっと安堵した顔になったが、甘粕はたちまち表情を強張らせた。
「お言葉ですが、片倉元家令は二宮家を辞去した身、二度とお役目に付けることはできません」
「分かっています、でも僕が特別に決めたということで、そのように取り払ってもらえませんか」
「内閣府の許可がいります」
「どのような?」
「前例がないので分かりかねます。しかし」
「分からないなら、早急に許可をとる方向で差配してください」
 話が前に進まないことへの苛立ちを堪えながら、藤堂は少しだけ口調を強くした。
 とはいえ、甘粕が渋るのも当然だ。二宮家に仕える使用人の扱いは厳格で、その手続きは二宮家を所管する内閣府が担っている。例外は過去一度も認められたことはない。
 片倉を戻すのは、それほど簡単なことではないのかもしれない。――
「当面の間、片倉は僕が個人的に雇用した秘書として傍に置きます。甘粕家令には、対外的な手続きをお願いします」
「……一度辞めた人間をお側に置けば、内閣府だけでなく、他の使用人の不興を買うことになると存じますが」
「それは僕の考えることです。ひとまず内閣府に連絡を取ってもらえますか」
 不満を隠そうともしない目になった甘粕は38歳。片倉より2歳年上だ。20代の新当主を見下す気持ちはもちろん、年下の上司である片倉に対しても葛藤があったのかもしれない。
 しかしそのあたりの処理は、戻ってきた片倉に一任するしかない。今の藤堂に、屋敷の人間関係に関わっている余裕はひとかけらもないのだ。
「分かりました。それでは内閣府の担当に電話をしてまいります」
 甘粕がいったん退室したので、藤堂はその場に残った竹内に向き直った。
「竹内侍従長。近日中に客人をお招きすることになると思います。長く滞在する可能性がありますので、僕が使っていた館を、明日にも使えるようにしてもらえますか」
「かしこまりました」
「それから、僕の」 
 そこで言葉を切り、藤堂は微かに奥歯を噛んだ。早く気持ちを冷静に保つ術を身につけなければいけない。こんなことでいちいち動揺していては何もできない。
「……、僕の妻になった人が、明日にも屋敷に越してくる予定になっています。ただし僕らは、書類上結婚したというだけの間柄なので、当面は双方のプライバシーを守る形で、部屋の準備をお願いします」
「かしこまりました。もともと先代の奥様も、先代とは住居エリアを分けておられましたから、そのまま引き継いでいただければ問題はないと思います」
 それは初耳だったが、藤堂は内心安堵して頷いた。
「もう一つ。彼女が家の差配をしたいと言っています。僕の権限とプライバシーに踏み込まない範囲であれば、彼女の思うとおりにさせてあげてください」
 怜に恋愛感情が微塵もないことは承知しているが、何を仕掛けてくるか分からない不安はある。
 なにしろ彼女は、自身の綺麗な思い出でさえ――それが本当の話かどうかも疑わしいが――人の心に入り込むために平然と使ってくるのだ。
「かしこまりました。ただちに奥様のためのシフトを組ませていただきます。――それより御前様、甘粕家令のことですが」
「――甘粕さんが何か?」
 藤堂が聞くと、竹内は開いたままの扉を気にするような仕草を見せてから、声をひそめた。
「実は、先代の喜彦様が引退されることが明らかになった時から、屋敷内の情報が内閣府に漏れているという噂がございました」
 藤堂が眉を寄せると、竹内はますます声をひそめた。
「甘粕家令は、幹部の中では一番の新参です。屋敷に入ってきたのも、元々は内閣府の口利きなのです。勤務年数が少ない甘粕がいきなり家令になったことにも、不審を抱く使用人は少なくありません」
「…………」
 つまり甘粕が内閣府に情報を漏らしていると言いたいのか――藤堂は表情を変えずに竹内から目をそらした。
「わかりました。それは僕も心にとめておきます」
 安堵したように頷いた竹内は、宮内庁出身で今年52歳。幹部スタッフの中では唯一の女性だ。元はといえば香夜の執事で、その頃から藤堂とはあまりいい関係ではなかった。
 正直にいえば、どちらを信じることもできないというのが苦しい本音である。
 その時甘粕が戻ってきた。同時に背筋を質した竹内は、今の讒言などなかったかのような澄ました顔になる。
「御前様、内閣府の担当は不在で、また折り返しがあるとのことでした」
 元の場所に立った甘粕は、元銀行マンらしい折り目正しい口調で続けた。
「電話より、一度ご挨拶に伺いたいとのことでございます。いかがいたしましょうか」
「そのように取り計らってください。できれば早急にお願いします」
 とにかく今は、少しでも多くの情報を収集することだ。内閣府の担当を含め、誰が敵で誰が味方かを早急に見極めないと、身動きがとれない。
 藤堂は竹内に向き直った。
「竹内侍従長、話はこれで終わりです。後は甘粕家令から引き継ぎを受けるので、退室いただいて結構です」
「かしこまりました」
 微かに不服そうな顔を見せたものの、竹内はすぐに恭しく頭を下げて退室した。その竹内の顔を、甘粕は一度も見ようとしない。
 ここまでの会話でひとつだけはっきりしたのは、竹内と甘粕、二宮家の両輪とも言える2人の仲が相当に悪いということだけだ。仮にどちらを参与官につけても、遺恨が残るだろう。
 それを頭の片隅で気がかりに思いながら、藤堂は続けた。
「甘粕家令、先月、真鍋雄一郎氏が、伯父さんの後を継いで当主になりましたね」
「はい」
「その時の様子を、教えてもらえませんか」
「……、宣言は、こちらのお屋敷ではなく、霞ヶ関で行われたと聞いています」
 不審そうな顔になった甘粕が、今朝御前会議が行われたビルの名を言ったので、藤堂は落胆を顔に出さずに頷いた。宣言と、その後に開かれた御前会議。それ以上のことは、甘粕も知らないようだ。
「真鍋さんは、この屋敷には?」
「当主としてという意味ならば、一度もおいでになられていません。喜彦様からは、6月中に市長を辞任し、その後正式にこちらに入られるとお聞きしていました」
 ――やはりそうか……。
 真鍋に、当主になる気はなかったし、伯父もそうさせるつもりはなかったということだ。「正式な継承」に至るプロセスを真鍋に聞いたところで、甘粕以上のことは知らないだろう。
「では甘粕家令、それ以前……伯父さんが当主になった時、ここにいた人を呼んでもらうことはできますか」
「……、30年近く前になります。そのような古い者は、もはや片倉元参与官くらいしか」
 それは、片倉の父。片倉藤士郎のことだ。
「連絡を取るのは、難しいですか」
「ご承知かと思いますが、喜彦様が当主を降りられた折、片倉参与もまた内規に従って出国しました。そうなるともう連絡を取ることは二度と適いません」
 それも予測していたことで、参与官――実質、当主の専属執事が辿る運命でもある。
 当主の手であり目であった参与官は、その役目を終えれば当主と同じ道を辿る。戸籍も名も変え、国外に出て行くしきたりなのだ。そうやって片倉の祖父も、先々代の当主夫妻と共に姿を消している。
 不意に藤堂は、片倉をこの役目に戻すことに、罪悪感を覚えた。
 理由はどうあれ、片倉は一度自らの鎖を断ち切って自由の身になったのだ。恋愛も結婚も自由にできるし、いずれ全ての過去を棄てて国外に追放されることもない。――
「片倉元家令を参与官に付ける件も合わせて、連絡が取れるかどうか内閣府に確認してみましょうか」
「……いえ、大丈夫です。当主になるに当たって過去の例を知っておきたかったのですが、伯父から大抵のことは聞いていますので」
 甘粕の探るような目色を察した藤堂は、これ以上胸の内を明かす危険を覚えて話を打ち切った。 
「聞きたいことはそれだけです。鍵などの引き継ぎをお願いできますか」
「かしこまりました」
 自分の知りたいことを知る者は、もはや二宮の屋敷に存在しない。
 その代わりにいるのは、信用していいかどうかも分からない人間だ。
 改めて自分の無力さを思い、藤堂は苛立ちの中で額を押さえた。
 
 
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「御前様は、18までこのお屋敷でお育ちになられましたゆえ、大抵のことはご存じだと伺っております。屋敷の配置やセキュリティに関してましては、基本的にその頃と変わっておりません」
 机についた藤堂の横で、立ったままの甘粕は流ちょうな口調で説明を続けた。
 藤堂の希望で、邸内の説明は図面を見ながらになった。実際は全ての建物や部屋を見ているわけではないが、今は歩いて回る時間が惜しいからだ。
「御前様のプライベートな部屋は、執務室でもあるこちらと、寝室と客間。そして廊下を隔てた書斎となります。なお、これらの部屋と参与官の執務室は、扉に自動ロックがかかるようになっており、外から開ける際には指紋認証が必要となります。――そういったシステムは従前どおり維持させていただいてよろしいでしょうか」
「構いません」
「では早速、御前様の指紋を各扉に設定させるようにいたします。なお扉の開閉は、卓上でリモコン操作することも可能です」
 藤堂は頷き、卓上に広げられた本殿間取り図に目を落とした。
 本殿は客用エリアと職員用エリア、そして家族のプライベートエリア。大きく分けてこの三つで構成されていた。
 2階部分の中央が当主のエリア。今、藤堂がいる場所だ。左右に寝室と来客のための応接室があり、廊下を挟んだ右隣に書斎がある。――かつて藤堂は、一度だけその書斎に足を踏み入れたことがある。伯父にとっては聖域のように大切な場所で、許可がなければ決して入ることのできなかった部屋だ。
 ふとその書斎の間取りに違和感を覚えた藤堂は眉を寄せた。なんだろう、今、ひどく大切なことを思い出しかけたような気がする。
 その違和感を頭の隅にとどめつつ、中央から右側のエリアに目を向ける。
 そこには、かつて脩哉と藤堂が使っていたそれぞれの部屋がある。勉強部屋と寝室。それぞれに備え付けられた収納部屋。自分の中に、さざ波のような動揺が音もなく押し寄せてくるのが分かり、藤堂は内心息をのんでいた。
 まだこんなにも、脩哉の思い出は自分の中に生々しく残っている。思い出した途端、過去に引き込まれてしまいそうになる程度には。
 2月に一度戻ったとき、藤堂の部屋は、18歳の時のまま残されていた。脩哉の部屋はどうなのだろうか。――分からない、少なくとも今は、その部屋を見る勇気はない。
 中央から左の大半は、喜彦の妻だった敏子の住居エリアになっていた。その広さは喜彦のものと大差なく、寝室とリビング、浴室、台所、客室やお茶室、広いテラスなど、家の中にもう一つ別の家があるような造りになっている。
 一方で、当時の喜彦と藤堂と脩哉は、1階にある共用の風呂を使い、食事も1階の食堂でとっていた。思い出せばその食事の席に、敏子が顔を出したことは一度もない。
 あれほど仲睦まじくみえた喜彦と敏子だが、家の中では完全に別居状態だったのだ――元々それが二宮家の風習なのかもしれないが、実際2人が朝夕揃って庭園を散歩している姿を目のあたりにしていただけに、少し意外な気がした。
 あまり考えたことがなかったが、二宮敏子とは、そもそもどこから来た人だったのだろう。
 二宮の妻になるくらいだから、それなりの家系の人なのだろうが――
 しかしその疑問は、甘粕が図面をめくった途端に消し飛んだ。
「――本殿には、地下があるんですね」
「ご存じありませんでしたか」
 甘粕は少し驚いた目になった。
「私も入ったことはございませんが、地下には二代前の御前様が作られた核シェルターがあるとのことでございます」
「……、核シェルター?」
 予想外の言葉に藤堂は眉を上げた。
「冷戦時代に世界中で作られたもので、当時、率先してお屋敷に取り入れたものだと聞いております。もちろんこれまで使われたことは一度もなく、出入りするための鍵は御前様だけが所有しています」
 二代前といえば、藤堂の祖父に当たる人だ。当主交代と共に屋敷から消えた人だから、当然会ったことはない。
 ――核シェルターか……
 そのことを、8年も二宮家で暮らしながら、一度も耳にしたことがなかったことが引っかかる。この屋敷に地下があることさえ知らなかったのだから、入り口も普通ではない場所にあるはずだ。仮に意図的に地下の存在を隠していたとしたら――何故だ?
「鍵は全て、書斎の金庫の中にございます。こちらが喜彦様からお預かりした金庫の暗証番号です」
 恭しく差し出された封筒は、喜彦の蝋印で閉じられている。
 そのレトロなやり方に内心驚きながら、藤堂は封筒を受け取った。
「金庫の中には、その他、マスターキーでは開けることのできない部屋の鍵が入っているとのご伝言でございます。ちなみにマスターキーは参与官と警備部がそれぞれ保管しています」
「地下の核シェルターには、誰も入ったことがないんですか?」
「――警備部の者が、検査のために定期的に出入りしています。その者を呼んで参りましょうか」
「……、そうですね。ではこの後呼んでいただけますか」
 もしかすると、その核シェルターに、二宮家が何百年にもわたって収集・保持しているという秘密文書等が納められているのだろうか。
 いや、だとしたら答えはあまりに簡単すぎる。それを取り出して、政府に返してしまえばいいだけの話だ。
 あるいはこの鍵の受け渡しが、正式な継承に当たるものなのか――、そうなると、久世のもったいぶった態度や言動がますます分からなくなる。
「お屋敷内は、ご家族のプライベートな空間と地下、そして1階のゲストルームをのぞき、全エリアで監視カメラが作動しています。1階のこの部分がコントロールルームで、こちらには二十四時間警備部の者が詰めています。お屋敷自体は明治に建立された古いものですが、システムは最新のものを導入しており、異変があれば、ただちに契約している警備会社と警察が、5分以内にヘリコプターで駆けつけるようになっております」
 それと――と甘粕は続ける。
「むろんよくご承知のことと存じますが、このお屋敷を囲むエリアからは、民間会社が所有する電話やインターネット回線に直接繋がらないようになっています。接続するためには当家で開発したシステムのバスワードが必要で、こちらはログインごとのワンタイムバスワードになっています」
 卓上に置かれた親指ほどのセキュリティトークンには、7桁のランダムな数字が並んでいる。
 そういえば学生の頃もこれを待たされていた。
 RSAと呼ばれている、素数を用いた世界最強の暗号システムだ。7桁の数字はパソコンに打ち込んだ途端、暗号化されて送信される。それがサーバ内で再び暗号化される前の数字に戻され、そこで初めて認証される仕組みだ。
 クレジットカードや電子決済など、今では世界中で取り入れられている仕組みだが、藤堂が学生の頃は学校どころか企業ですら、まだこのようなシステムは取り入れられていなかった。
 今更だが、その方面では随分進んでいたんだなと思い知らされる。
「お客様にはお客様用の簡易なパスコードがございますが、当然のことながら、こちらは当家のサーバに通信履歴が残ります。何も個人情報を盗み見することが目的ではございませんので、こういったリスクがあることを事前に説明申し上げております」
 藤堂は図面に記されている警備システムの概略を見た。あまりこの手の仕組みには詳しくないが、相当よくできている。そもそも民間の回線を遮断・中継する形で、二宮家独自の回線を構築する仕組みなど、どんなセキュリティの厳しい会社でも見たことがない。
 そう、思えば二宮家を守る警備システムは藤堂が子供時代から異様にハイクオリティだった。だからなおさら、暗証番号を紙で渡すという伯父のアナログなやり方に違和感を覚えてしまう。
「うちのシステムは、どこの会社が開発したものですか」
「維持点検はNJCとAS警備に委託していますが、開発責任者は二宮家の者だと聞いています」
「では警備部の?」
「いえ、……」
 甘粕がわずかに言葉を濁した。どうして知らないのかというニュアンスが藤堂にも伝わってくる。
「先代当主のご親族にあたる方だと」
 それが誰だか分からない藤堂が眉を寄せる前に、甘粕が口を開いた。
「亡くなられた二宮和彦様――御前様のお父様だと聞いております」




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